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タグ「舞台裏の欠片6件]

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#舞台裏の欠片
「ハーバリウムの北辰」1
ほくとの過去話
「遅れて申し訳ありません、予定が長引きまして。えー、アンドロイドのナナさんですね?」
「まさかぁ! 機械じゃありませんよ。ほくとちゃんは見て分かるように、れっきとした人間です」

そう返す”ナナ”は、相手の発言に多少の疑問を抱いている様子はあるものの、怒りや不快さがあるようには見えない。
十代ほどの背格好、肌の質感、少し寝癖のついた髪の毛――。確かにそういうところを見れば、彼女は充分なほど人間らしい。
しかし、ゴーグルの下のメインカメラは明らかに機械的な挙動で目の前の人物を見つめていた。微かなモーター音とともに、自然な挙動で首を傾げる。

カウンセラーは、多忙が作った眉間のしわをもっと深くして、前回の担当者が書いたカルテを捲った。
『TSUKI-07。2307年個人製、呼称ナナ。
記憶領域の参照に問題あり。本来の自己情報へのアクセスが遮断され、現在は旧オーナー「北斗」を自己として認識している。』

長期間稼働したAIの不調を直すのに、初期化は最も簡単な手段だ。しかしコミュニケーション用アンドロイドに対して、多くのオーナーはその選択肢をとりたがらなかった。
たとえ以前と同じデータを引き継いでいても別人のように感じてしまうから、というシンプルかつ感情的な理由だ。
アンドロイド専用の精神医療施設は、もう何カ月も予約に空きがなかった。長引く戦争の中、医者の人手も足りなくなっている。

カウンセラーは、カルテの下部に記載されている文章に素早く目を通し、昨日読みっぱなしにしていたその内容を思い出した。
『当該状態はクライアント自身による操作の結果であると推定。第三者による不正アクセスの痕跡なし。
治療目標は、北斗の記憶保持を前提とした、ナナの自己同一性の復元』

自分の設定を自分で書き換えた――随分と面倒なケースだ。しかしこれも仕事だと、カウンセラーは心の中で溜め息を吐いた。
当の本人は退屈な子どものように、椅子の背もたれをキイキイいわせている。

「……失礼しました。北斗さんは人間なんですね。それでは、ナナというアンドロイドをご存じですか?」
「はい! ナナはほくとちゃんの友達です。ママが作ってくれて、子どもの頃から一緒だったんですよ。ナナは何でもできて、パパの温室の管理も手伝ってたんです!」
アンドロイドは友人(かつての自分)たるナナの有能さを自慢げに語った。

カウンセラーは親しげに微笑む。
「そうですか。仲が良かったんですね。ナナさんとは、いつまで一緒だったんでしょう?」
アンドロイドはわざとらしく悩むように首を傾げた。
「そうですねえ。ほくとちゃんが軍に行っちゃって……それからずっと、会いませんでした。ほくとちゃん、お家になかなか帰れなかったから」
「軍にいた時のことは、覚えていますか?」
白い部屋に沈黙が訪れた。

アンドロイドからわずかに聞こえる冷却ファンの音が数秒間響く。
彼女は自らそれを打ち破るように、弾けるように笑って言った。
「うーん、あんまり! ねー、他の話をしませんか? 好きなものの話とか……そう、恋バナとか!」
ぱっと明るい笑顔の前に一瞬見えた陰りを、カウンセラーは見逃さなかった。
「……恋バナはしませんが、好きなものの話はいいですね。北斗さんの好きなものを教えてください」
「もちろんです!」
今後の方針について思考を巡らせながら、カウンセラーは擦れた指のモーターを軋ませた。

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#舞台裏の欠片
「テンシヒョウホン」2
ロージィの過去話
鮮やかな薔薇色と黄金に身を包んだその姿は、真っ白な廊下ですれ違う者の目を惹きつけた。
すれ違う誰もが振り返る。

「見て、あの翅の色! 鱗翅族でしょう? なんて綺麗な蝶なのかしら」
「おいおい、触角を見れば分かるだろ、あいつは蛾だぜ? ずっと笑ってるが、何を考えているか分かったもんじゃない」
「確かに、翅のビロード質はあまり品がないわね。……あなた、あれと専攻が同じなの?」
「ああ。ロージィ・ヘイワードだったか。蛾のくせに舞台芸術科(ウチ)に来るなんて、どんなコネがあったんだか」

行き交う好奇の視線と品定めの言葉の中、僕は背筋を伸ばして堂々と歩いた。

“この世界にいる鱗翅人外において、蝶と蛾の明確な区別はなく、これらの立場は平等である”。
――そんな科学的事実は全員の知る所であったが、所詮は社会の体裁だ。
人々は未だに、代々引き継がれてきた鱗粉まみれの色眼鏡を外さずにいる。

コネで進学した? 正解だ。
友人の父親がこの大学の教授で、進学にあたって色々な援助(・・)をしてくれた。それがなければ僕はこんな所にいない。
……まあ、蛾の学生を最低一人は入れろ、というお達しに応えるためでもあったらしいのだけれど。

いくらでも、なんとでも言うと良い。
僕はどんな蝶よりも良い成績を残して、誰よりも輝いてやる。蛾は蝶に追いつけないなどという世間のくだらない物差しをへし折ってやるのだ。
そのためならば、生まれ持ったこの鮮やかで美しい身体を武器にすることなど厭わない。

歴史のある学舎は著名な建築家である卒業生によって改築されたてで、白と銀の建材でモダンに仕上げられていた。
僕は建築のことは分からないが、これが新しい時代に相応しく美しいものであることは分かる。
ほら、世界は平等の先の進歩を、新しいものを、求めている。
僕はガラスに反射した自分の姿を見つめる。
白い枠におさまる紅色と黄色の翅は、間違いなくどんな蝶よりも美しかった。


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#舞台裏の欠片
「テンシヒョウホン」1
ロージィの過去話
生まれて初めて見た”芸術”のことを、今でもはっきりと覚えている。

真っ白な衣装を身に纏ったそのひとは、スポットライトの下で本物の天使のように見えた。
一枚の花びらがひらひらと舞い落ち、地面に着く前にまたふわりと浮き上がるような姿。それを見る自分も飛んでいってしまいそうになる、幻のような光景だ。
爪先が硬い床から離れ、軽やかに跳ぶ。まるで、この世に重力なんてなくて、体がひとひらの羽でできているようだ――いや、それはあながち嘘ではないのかもしれない。
なぜならその背には、どんな宝石より輝く鱗粉に覆われた、四つの青い翅が広がっていたのだから。

「彼はキプリスモルフォの家系だよ」
友人が、公演後にそう教えてくれた。
僕はさっきの夢見心地を引きずったまま、へえ、と返事をした。

劇場を出てすぐにその子のパパは、知り合いに挨拶をしてくるから待っててくれ、と少しのこづかいを彼に渡して戻ってしまった。
僕らはそのお金で飴をひとつずつ手に入れて――正確には、その子が二つ買ったうちの片方を僕に恵んでくれて――入り口の階段に座り込んで話していたのだ。

僕は友人の話に耳を傾けていた。
「新進気鋭のバレリーノと評判だけれど、ボクには少し荒っぽく見えるね! 前回のタテハのほうがずっと繊細な演技だよ。キミはどう思う?」
彼はそう言ってこちらを見たが、僕は何も言わなかった。いや、言えなかった。
代わりに少し俯いてはにかんでみせると、彼はその理由を思い出したようで、片方の口の端を上げた。
「ああそうか、ロージィ。そういえばキミは公演を見るのは初めてだったね」
「うん」
僕が小さくそう言うと、彼はつまらなさそうに飴を口の中で転がした。
大理石の階段は、座席よりずいぶん居心地が悪い。

「で、どうだったの?」
友人の問いに対し、僕は素直に、そしてできるだけシンプルな感想を述べた。
「夢のような美しさだったよ。見られてよかった。連れてきてくれてありがとう」
それを耳にした彼は、ぱっと満足げな笑顔になる。
「いや、全く構わないよ! 蛾のキミには、こんな良い公演を見られる機会は他にないだろうからさ。パパのおかげだね」
僕は愛想の良い笑顔で頷いた。

彼の言う通りだ。
彼の言う通りなのだけれど。
僕は心の端っこを、ほんの少し、ちくりと針で刺されたような感覚がした。
でも笑顔を崩さずに、僕はその針ごと飲み込んだ。

彼らは(バタフライ)、僕は(モス)
蝶は美しく、蛾は醜い。蝶は高貴で、蛾は下賤。
それはどの大人も言う、”本当のこと”だ。

僕があの会場でのんきに座っていられたのは、まだ子どもだからだ。
きっと大人になれば、あの光景はもっと遠ざかってしまうのだろう。あのモルフォのようにステージに立ちライトを浴びることなんて、夢のまた夢だ。

(そう、君には叶えられない夢だ。だから……憧れるんじゃない)
僕は自分にそう言い聞かせ、いずれ生えてくる触覚の辺りをいじりながら、蝶々ばかりが行き交う華やかな通りを眺めた。
メープルシロップ味の飴は、まだ溶けきらない。

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#舞台裏の欠片
「リビングデッドカルテ」2
サフランの過去話
※採血描写あり
青黒く乾燥した皮膚に、細い針が浅く入ってゆく。
少女はぴくりとも動かず、自分の血液が注射器に入っていくのを見ていた。
――黒い。
いつだかの採血で見たあの赤黒い血の色など、比較にならない。
彼女はその不自然な液体から目を離せずにいた。
まるで、かつて人間であった自分とは違うのだ、と突き付けられるようだった。

彼女の友人でもある”主治医”は、手慣れた動作で針を抜き、穿刺部にガーゼを押し当てた。
「はい、腕はそのままね。これ、しばらく押さえててね」
穏やかな声とともに、穿刺部を自分で押さえるよう、自然に促される。

小さな黒い染みが、ガーゼに滲む。
「……止血、するんだ」
少女の口は無意識に言葉をこぼした。
医者は驚いた様子で、しかし一切の不快そうな素振りはなく答えた。
「当たり前でしょう」

彼はどこか上の空のような少女の様子を見て、普段のにこやかな態度で続けた。
「むしろ、その体じゃ傷が治りにくいんだから、少し長めに様子を見るよ。膝の傷みたいに痕が残るのも良くないからね」
「こんなん別に。……全身、傷痕どころじゃないし」
「ううん、大事なことだよ」
優しい声が、自嘲を遮る。

――思い返せば、昔からそうだった。
この声にたしなめられたら、もう少し自分を甘やかしても良いんじゃないかと、そう思わされる。

少女はひとつ軽く息を吐き、いつもの気楽な口調に戻って言った。
「メグせんせー。それせっかく採ったんだから、何か分かることあったら教えてね」
「勿論。大事に扱うよ」
医者は明るく微笑んだ。

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#舞台裏の欠片
「遊蝶花と微毒」1
ネルの過去話
その少年は天才だった。

三歳にして魔法原素を知覚し、五歳にはそれを別々に操ってみせた。そして七歳になる頃には、もはや大人と遜色ない術式を唱えられたのである。
彼の才覚は、300年続く家の名を背負うには充分すぎるほどであった。
「お前がいれば、このマクローヴェン家もかつての栄光を取り戻せるだろう」
大人たちは彼を褒めそやし、彼はその称賛の上を行くよう、彼らの期待のすべてに応えてみせた。

「書架の本を半分も読んだのか」
そう驚けば、数日後にはすべての本の内容を(そら)んじてみせる。
「あの試験の最年少通過者は十歳だけれど、あなたなら九つになる来年にも受かるでしょうね」
そう示してみれば、記録を八歳に塗り替える。
「――あの子はくすりとも笑わないんです。どこか不気味なくらい」
下働きの者がそんな陰口をこぼしたなら、次の日から人が変わったようににこやかに振る舞うようになった。

彼は完璧だった――いや、完璧になっていった。
(これぐらい、何かしたうちに入らない。課題も足りない。僕はもっと多くのことができるのに、大人は僕のことを甘く見ている)
どの試練も、彼にとっては遊びのようなものだった。

やがて、彼を子ども扱いする者はいなくなった。
それどころか、大人たちは彼により厳しく接し、彼の前で慎重に言葉を選ぶのである。
その鋭い金の瞳に、己の欠陥を見破られぬように。

―――

九つ離れた弟は、彼と似ても似つかぬかった。

どれだけ待っても魔力の才は見えず、その他の勉学すらもままならない。
不器用という言葉をそのまま当てはめたような要領の悪さをしていた。

「兄ちゃん、この文章の意味を教えてよ」
「俺は試験が近いから、父様にでも聞け」
自分の後をついてくる弟に対し、彼はいつだって置き去りにするよう歩を早めるのだった。
それでもなお自分の背を追ってこようとする、その無邪気な姿が憎らしかった。

何もできないのに努力しようとする。
何もできないのに笑っている。
何もできないのに家族の目をひく。
なんて愚鈍で、醜くて、情けないんだろう。

(俺はお前とは違う、天才なんだ。お前の視点なんて分かるものか)
彼は歩き続けた。決して足元を振り向かないよう。

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#舞台裏の欠片
「リビングデッドカルテ」1
サフランの過去話
共歴2016年11月14日。
人類を蝕むひとつの病が顕性化した。

数日前から各地で現れていた、かすかながら奇妙な痣。
目を覚ましたそれは、人の意識を奪い、黒く朽ちゆく体を操り、より多くの宿主を求めて彷徨い始めた。
日が沈むと同時にゾンビが陰から現れる。そんなホラー映画のような光景が、突如として現実のものとなったのだ。

外出規制、避難、保護、特定地域の封鎖――そして潜伏期間を経ての拡散。あらゆる対応が後手に回り、封鎖区域は広がる一方だった。
その要因は感染拡大の速さだけではない。
”自我を失くした人間は殺してもよいものか?”
唐突に突き付けられたその問いに対する人間の答えは、ついぞ一本の線引きに収束することはなかった。

取り残された一軒家で、金髪の少女はなおも笑顔だった。
一人と一匹の家族が側にいたからだ。

「おばあちゃん。もし何かあっても、あたしが絶対守るからね。シナモンも一緒だし、怖いもんなんてないし!」
食卓を囲み、彼女は自信満々にそう言った。
非常食だけの食事だが、温かいものを口にすれば、肌寒い部屋のことも忘れられた。
真っ白な犬も彼女を見上げ、自信ありげに尻尾を振る。
「そのうち避難の車両も来るはずだから、大丈夫だよ」

そう、大丈夫。
その言葉を、おまじないのように繰り返していた。

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