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カテゴリ「絵」[84件](2ページ目)
2025年11月19日(水)
〔179日前〕
絵
2025年11月15日(土)
〔183日前〕
絵
#銀嶺の獣

「あ! 何かいたよ!」
少女が川のほうへぐいっと身を乗り出す。
ニーナが指差す先では、水が穏やかに流れていた。朝日を受けた水面は、静かに音をたてながらちらちらと輝いている。小さな沢は、ここ数日の雪解け水でいつもより僅かに水流が速い。
ゼルデデは、ニーナが持った枝の片側を軽く引っ張って警告した。ついさっき少女に「こっち側を持ってて」とせがまれて持たされたものだった。
「こら。あまり、川縁に近づくんじゃない。……雪が滑って、落ちるぞ」
「大丈夫だよ! ほら、ニーナは枝のこっち側持ってるでしょ。こうやって、手を離さなきゃいいんだよ」
無邪気な少女はそう言って、枝の片側をつかんだまま、ぶらぶらと体重をかけるように川を覗き込む。
ゼルデデは枝と一緒に紐を握る手を強めた。
その細い紐はニーナの腰元につながっていた。それは、まだ幼く落ち着きのない彼女を森で見失わないよう、結びつけたものだ。使い始めてから数週間というところだったが、幸か不幸か、この紐は既に何度かその役目を果たしていた。
ゼルデデは、また今日も面倒事が起こるのかと、うんざりした気持ちになった。
「川縁は危ないんだ。前にも一度川に入って、ひどい風邪をひいただろう。あれと同じようになる……」
「ゼルデデほら! あそこにも! あれってお魚? 捕まえられないかなあ」
心配をよそに、ニーナは水の中の気配に夢中になっていた。川のほうへ重心を移動させるたび、小さな靴はぎゅむ、と微かな音を立てて雪に沈み込む。雪の下の岩が滑る想像は容易についた。
ゼルデデは仮面の下で眉をしかめ、低いため息を吐く。それから、脇でそわそわとしているオオカミに声をかけた。
「おいアル。お前も見ていないで、こいつを止めろ。俺は、また病人の面倒をみるのは、こりごりなんだ」
オオカミはその不機嫌そうな顔を一瞬見上げてから、真意を察する。
『ニーナ、ゼルデデが心配してるぜ』
湿った鼻でぐいと胸元を押され、ニーナは唇を尖らせた。「はーい」と煮え切らない返事をして、ゼルデデの足元まで後ずさる。
「ね、ゼルデデはあの魚とれる?」
ニーナを連れて数歩下がりながら、ゼルデデは仮面越しの川に目をやった。銀に光る水面の下で、小さな影が揺れているのが見える。
「捕れるが、ここのは小さすぎて、食えるようなものではない。わざわざ捕ろうとは、思わん」
そう不愛想に言った数拍の後、ゼルデデはまた口を開いた。
「……興味があるなら、後で釣具か罠でも作ってやろうか」
「釣り! やりたい! ね、早くお散歩終わらせて帰ろうよう」
少女は見上げた瞳を輝かせて、ぐいぐいと枝を引っ張る。
わがままな振る舞いに呆れながら、ゼルデデは白い息を吐いた。
畳む
2026/2/1 ちょっと加筆修正

「あ! 何かいたよ!」
少女が川のほうへぐいっと身を乗り出す。
ニーナが指差す先では、水が穏やかに流れていた。朝日を受けた水面は、静かに音をたてながらちらちらと輝いている。小さな沢は、ここ数日の雪解け水でいつもより僅かに水流が速い。
ゼルデデは、ニーナが持った枝の片側を軽く引っ張って警告した。ついさっき少女に「こっち側を持ってて」とせがまれて持たされたものだった。
「こら。あまり、川縁に近づくんじゃない。……雪が滑って、落ちるぞ」
「大丈夫だよ! ほら、ニーナは枝のこっち側持ってるでしょ。こうやって、手を離さなきゃいいんだよ」
無邪気な少女はそう言って、枝の片側をつかんだまま、ぶらぶらと体重をかけるように川を覗き込む。
ゼルデデは枝と一緒に紐を握る手を強めた。
その細い紐はニーナの腰元につながっていた。それは、まだ幼く落ち着きのない彼女を森で見失わないよう、結びつけたものだ。使い始めてから数週間というところだったが、幸か不幸か、この紐は既に何度かその役目を果たしていた。
ゼルデデは、また今日も面倒事が起こるのかと、うんざりした気持ちになった。
「川縁は危ないんだ。前にも一度川に入って、ひどい風邪をひいただろう。あれと同じようになる……」
「ゼルデデほら! あそこにも! あれってお魚? 捕まえられないかなあ」
心配をよそに、ニーナは水の中の気配に夢中になっていた。川のほうへ重心を移動させるたび、小さな靴はぎゅむ、と微かな音を立てて雪に沈み込む。雪の下の岩が滑る想像は容易についた。
ゼルデデは仮面の下で眉をしかめ、低いため息を吐く。それから、脇でそわそわとしているオオカミに声をかけた。
「おいアル。お前も見ていないで、こいつを止めろ。俺は、また病人の面倒をみるのは、こりごりなんだ」
オオカミはその不機嫌そうな顔を一瞬見上げてから、真意を察する。
『ニーナ、ゼルデデが心配してるぜ』
湿った鼻でぐいと胸元を押され、ニーナは唇を尖らせた。「はーい」と煮え切らない返事をして、ゼルデデの足元まで後ずさる。
「ね、ゼルデデはあの魚とれる?」
ニーナを連れて数歩下がりながら、ゼルデデは仮面越しの川に目をやった。銀に光る水面の下で、小さな影が揺れているのが見える。
「捕れるが、ここのは小さすぎて、食えるようなものではない。わざわざ捕ろうとは、思わん」
そう不愛想に言った数拍の後、ゼルデデはまた口を開いた。
「……興味があるなら、後で釣具か罠でも作ってやろうか」
「釣り! やりたい! ね、早くお散歩終わらせて帰ろうよう」
少女は見上げた瞳を輝かせて、ぐいぐいと枝を引っ張る。
わがままな振る舞いに呆れながら、ゼルデデは白い息を吐いた。
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2026/2/1 ちょっと加筆修正
#銀嶺の獣

山の天気が変わるのは、突然だった。
散歩の間に吹雪に吹かれたゼルデデは、連れていた一人と一匹を軽々とかつぎ上げた。
「わっ」
と驚く小さな声には気にも留めず、少し歩いた場所に突然現れた洞窟に潜り込む。雪の中にぽっかりと開いた入り口は随分と狭く見えたが、彼は一切の躊躇を見せることなく、その中へ入っていった。
薄暗い闇の中に下ろされた二人は、冷たい雪の張り付いた顔を見合わせた。
ゼルデデはただ一言
「そこにいろ」
と呟き、奥へと歩いていった。
目の前には、外の雪のわずかな光も届かない闇が広がっている。オオカミのアルには、この洞窟がどれほど広いのかも見当がつかなかった。音の響き方と、並の人間より背の高いゼルデデが難なく歩けるところを見るに、洞窟の天井は随分と高さがあるようだった。
外の吹雪はひどくなる一方だった。しかし、その冷気を含む風は外をごうごうと通り過ぎるだけで、洞窟の内側へ吹き込んでくる風は、ほんの少しだけだった。ひゅうひゅうと、耳をつんざくような高い音が響く。
アルはニーナが冷えないように、その分厚い毛皮をぎゅっと近寄せた。
洞窟の奥で、ゼルデデは何かがたがたと音を立てている。状況がまだあまり理解できていない様子の少女は、呑気に質問を投げ掛けた。
「ねー、何してるの」
その高い声は、洞窟の中にわあんとこだました。絶えず反響している外の風音と重なって、耳の奥が揺らされる。
ゼルデデはただ一言
「準備」
とだけ返事をした。暗い中で何をしているのか、ニーナの視界にはほとんど映らない。
やがて彼は入口付近に戻ってきた。それから、どうにか吹雪の風が当たらないくらいの場所に座ると、手に持ってきた枝をがさがさと置いた。服から火打石を取り出し、手慣れた様子で布の切れ端に火を点ける。その火口の火は枯れ枝に燃え移り、やがて小さな焚き火となった。
ニーナとアルはぴったりくっついたまま、そこへ近付いた。
「あったかいねぇ」
少女は手をかざして、にこにこと微笑む。
火は辺りをぼんやりと照らし、洞窟の高い壁に大きな影を作った。それはまだ小さかったが、雪に凍えた彼らにとっては何よりも頼もしい暖かさだった。
ゼルデデは黙って、火の様子を見ながら淡々と枝を投げ込んでいく。枝はぱちぱちと音を立て、段々と火の勢いも強まってきた。
洞窟の壁に、三つの大きな影がゆらゆらと映る。
『よく燃やせるような枝があったな』
それは二人にだけ聞こえるアルの声だ。
ゼルデデは火から一切目を離さずに、ぼそぼそとした低い声で答える。
「この辺りはよく通るから、こういう時のために、時々物資を補給しているんだ。……奥に小さな縦穴もあるから、換気も心配ない……良い場所だ」
そこでオオカミは改めて周囲を見回した。少し明るく照らされた辺りを見れば、火を焚いた跡や掃除をした形跡が見えた。
『へえ、避難所ってとこか。こういう場所は他にもあるのか?』
「……何か所か、ある」
会話はそれきりだった。
暖かな炎に照らされた空間には、ごうごうと強まる風の音が、くぐもって響いていた。
焚き火が安定してくると、ゼルデデは雪で濡れた上着を脱いだ。上着の表面が乾くように焚き火のそばに広げ、いつの間にか外していた仮面をその上に静かに置く。
ゼルデデが焚き火に向かってどっしりと腰を下ろすと、アルとニーナはいそいそと移動し、彼を挟むようにぴったりと座り込んだ。
「ねえゼルデデ、お話して」
ニーナはそう言ってゼルデデを見上げる。目が合うと、少女の金と青の大きな瞳はぱちぱちと瞬きをした。大男は僅かに眉をしかめる。
「話、だと?」
「うん!」
「……話すことなど、ない」
考える素振りもなく、ゼルデデは首を横に振った。
その態度に、少女は頬を膨らませる。
「作り話でも、昔話でも、何でもいいんだよ。このままじゃ眠くなっちゃう! ねえ、アルもそうでしょ?」
『オレは別に……』
オオカミはそう言いかけて、目の前にいる少女のしかめっ面の意味を汲み取った。ここで少女の機嫌をとらないと、後々面倒なことになりそうだ。
『ゼルデデ、オレもお前の話が聞きたいな。お前はこの中で一番長生きだから、色んな話を知っているだろ』
男は眉をさらに曲げ、一人と一匹の顔を見やった。左右から投げられる視線は、純粋で期待に満ちている。
彼は眉間の皺に手を当てて、低く長いため息をゆっくりと吐きだした。
それからさらに少し間をおいて、彼は観念したように口を開いた。金色の目に、焚き火の明かりがちらつく。
「……俺が子どもの頃に聞いた話だ。昔、とある村に男が住んでいたという。彼はたいへんな正直者で――」
普段とは違う朗々とした語り口に、ニーナとアルは一瞬目を合わせた。
その驚きは、話に聞き入っていくとすぐにどこかへ行ってしまった。それはどこにでもあるような昔話だった。けれど、彼の紡ぐ言葉には、まるでその話を本当に見てきたかのような様子があった。
低い声で紡がれる語りが、洞窟内にこだまする。
うなる風音が、枯れ枝がはじける音と重なり、歌のように響いていた。
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2026/2/1 加筆修正

山の天気が変わるのは、突然だった。
散歩の間に吹雪に吹かれたゼルデデは、連れていた一人と一匹を軽々とかつぎ上げた。
「わっ」
と驚く小さな声には気にも留めず、少し歩いた場所に突然現れた洞窟に潜り込む。雪の中にぽっかりと開いた入り口は随分と狭く見えたが、彼は一切の躊躇を見せることなく、その中へ入っていった。
薄暗い闇の中に下ろされた二人は、冷たい雪の張り付いた顔を見合わせた。
ゼルデデはただ一言
「そこにいろ」
と呟き、奥へと歩いていった。
目の前には、外の雪のわずかな光も届かない闇が広がっている。オオカミのアルには、この洞窟がどれほど広いのかも見当がつかなかった。音の響き方と、並の人間より背の高いゼルデデが難なく歩けるところを見るに、洞窟の天井は随分と高さがあるようだった。
外の吹雪はひどくなる一方だった。しかし、その冷気を含む風は外をごうごうと通り過ぎるだけで、洞窟の内側へ吹き込んでくる風は、ほんの少しだけだった。ひゅうひゅうと、耳をつんざくような高い音が響く。
アルはニーナが冷えないように、その分厚い毛皮をぎゅっと近寄せた。
洞窟の奥で、ゼルデデは何かがたがたと音を立てている。状況がまだあまり理解できていない様子の少女は、呑気に質問を投げ掛けた。
「ねー、何してるの」
その高い声は、洞窟の中にわあんとこだました。絶えず反響している外の風音と重なって、耳の奥が揺らされる。
ゼルデデはただ一言
「準備」
とだけ返事をした。暗い中で何をしているのか、ニーナの視界にはほとんど映らない。
やがて彼は入口付近に戻ってきた。それから、どうにか吹雪の風が当たらないくらいの場所に座ると、手に持ってきた枝をがさがさと置いた。服から火打石を取り出し、手慣れた様子で布の切れ端に火を点ける。その火口の火は枯れ枝に燃え移り、やがて小さな焚き火となった。
ニーナとアルはぴったりくっついたまま、そこへ近付いた。
「あったかいねぇ」
少女は手をかざして、にこにこと微笑む。
火は辺りをぼんやりと照らし、洞窟の高い壁に大きな影を作った。それはまだ小さかったが、雪に凍えた彼らにとっては何よりも頼もしい暖かさだった。
ゼルデデは黙って、火の様子を見ながら淡々と枝を投げ込んでいく。枝はぱちぱちと音を立て、段々と火の勢いも強まってきた。
洞窟の壁に、三つの大きな影がゆらゆらと映る。
『よく燃やせるような枝があったな』
それは二人にだけ聞こえるアルの声だ。
ゼルデデは火から一切目を離さずに、ぼそぼそとした低い声で答える。
「この辺りはよく通るから、こういう時のために、時々物資を補給しているんだ。……奥に小さな縦穴もあるから、換気も心配ない……良い場所だ」
そこでオオカミは改めて周囲を見回した。少し明るく照らされた辺りを見れば、火を焚いた跡や掃除をした形跡が見えた。
『へえ、避難所ってとこか。こういう場所は他にもあるのか?』
「……何か所か、ある」
会話はそれきりだった。
暖かな炎に照らされた空間には、ごうごうと強まる風の音が、くぐもって響いていた。
焚き火が安定してくると、ゼルデデは雪で濡れた上着を脱いだ。上着の表面が乾くように焚き火のそばに広げ、いつの間にか外していた仮面をその上に静かに置く。
ゼルデデが焚き火に向かってどっしりと腰を下ろすと、アルとニーナはいそいそと移動し、彼を挟むようにぴったりと座り込んだ。
「ねえゼルデデ、お話して」
ニーナはそう言ってゼルデデを見上げる。目が合うと、少女の金と青の大きな瞳はぱちぱちと瞬きをした。大男は僅かに眉をしかめる。
「話、だと?」
「うん!」
「……話すことなど、ない」
考える素振りもなく、ゼルデデは首を横に振った。
その態度に、少女は頬を膨らませる。
「作り話でも、昔話でも、何でもいいんだよ。このままじゃ眠くなっちゃう! ねえ、アルもそうでしょ?」
『オレは別に……』
オオカミはそう言いかけて、目の前にいる少女のしかめっ面の意味を汲み取った。ここで少女の機嫌をとらないと、後々面倒なことになりそうだ。
『ゼルデデ、オレもお前の話が聞きたいな。お前はこの中で一番長生きだから、色んな話を知っているだろ』
男は眉をさらに曲げ、一人と一匹の顔を見やった。左右から投げられる視線は、純粋で期待に満ちている。
彼は眉間の皺に手を当てて、低く長いため息をゆっくりと吐きだした。
それからさらに少し間をおいて、彼は観念したように口を開いた。金色の目に、焚き火の明かりがちらつく。
「……俺が子どもの頃に聞いた話だ。昔、とある村に男が住んでいたという。彼はたいへんな正直者で――」
普段とは違う朗々とした語り口に、ニーナとアルは一瞬目を合わせた。
その驚きは、話に聞き入っていくとすぐにどこかへ行ってしまった。それはどこにでもあるような昔話だった。けれど、彼の紡ぐ言葉には、まるでその話を本当に見てきたかのような様子があった。
低い声で紡がれる語りが、洞窟内にこだまする。
うなる風音が、枯れ枝がはじける音と重なり、歌のように響いていた。
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2026/2/1 加筆修正
2025年10月1日(水)
〔228日前〕
絵
作業の合間にちまちまと #知恵の劇場 の立ち絵リニューアルをしている。
ようやくチーフ4人が揃った…!

細かいところのデザインもちょこちょこ変更している。
服以外にも、セキエイの眉毛が出現したり、ハシバミの髪が落ち着いてインナーカラーが増えたりした。
メモの端のサインは、それぞれが書きそうな文字を想定している。
セキエイ…架空言語だが、彼の言語圏においてもあまり綺麗な文字とはいえない。素早く書くことを重視しているので普段から読みづらく、たまに自分でも読み返せない文字があるレベル。
ベロニカ…指が二本しかないので文字を書くのが苦手。太めのサインペンで頑張って書いた。本人なりに書きやすくて読みやすい崩し方を工夫している。見られるのは恥ずかしいらしい。
ハシバミ…筆で書く。普通に上手い。
グラシア…目が見えないので、サインは手の動かし方を覚えて書いている。小文字の連なりが苦手。上の文字にちょっと被ってしまった。
そういえば知恵劇キャラの中で
ハシバミ(榛)、ロク(陸)、ケイシュク(圭宿)、サフラン(咱夫藍)
あたりは普段カナ表記しがちだけど、実は漢字表記がある。
普段のカナ表記は他の学芸員に馴染みやすいからそうしているだけで、正式な場面でのサインは実はロク以外漢字表記になる……という裏設定。
(ロクは言語圏的にズレがあるのでアルファベット表記)
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ようやくチーフ4人が揃った…!

細かいところのデザインもちょこちょこ変更している。
服以外にも、セキエイの眉毛が出現したり、ハシバミの髪が落ち着いてインナーカラーが増えたりした。
メモの端のサインは、それぞれが書きそうな文字を想定している。
セキエイ…架空言語だが、彼の言語圏においてもあまり綺麗な文字とはいえない。素早く書くことを重視しているので普段から読みづらく、たまに自分でも読み返せない文字があるレベル。
ベロニカ…指が二本しかないので文字を書くのが苦手。太めのサインペンで頑張って書いた。本人なりに書きやすくて読みやすい崩し方を工夫している。見られるのは恥ずかしいらしい。
ハシバミ…筆で書く。普通に上手い。
グラシア…目が見えないので、サインは手の動かし方を覚えて書いている。小文字の連なりが苦手。上の文字にちょっと被ってしまった。
そういえば知恵劇キャラの中で
ハシバミ(榛)、ロク(陸)、ケイシュク(圭宿)、サフラン(咱夫藍)
あたりは普段カナ表記しがちだけど、実は漢字表記がある。
普段のカナ表記は他の学芸員に馴染みやすいからそうしているだけで、正式な場面でのサインは実はロク以外漢字表記になる……という裏設定。
(ロクは言語圏的にズレがあるのでアルファベット表記)
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2025年7月6日(日)
〔315日前〕
絵















#知恵の劇場 単発小説圭宿と小さな来館者の話。
星海蹄類ソラウミウシの幼獣保護および一時飼養報告書
「これは、一体?」
圭宿は片眼鏡をくいと指の甲で上げて訊ねた。普段の落ち着いた調子の中に、わずかに困惑が混ざっている。
背の低いウサギの中年は、細い目をさらににっこりと細くして答える。
「宇宙海牛の赤ん坊じゃよ」
「いやねえハッブル君、それは判りますよ。あたしは宇宙生物には明るくありませんが、これは文献で知っていますし、館内に標本だってあるんですから」
ソラウミウシ、あるいはウチュウウミウシ。それは、圭宿の元々知るウミウシという生物とは全く違った見た目をしていた。牛に似た前半身に、ひらひらとなびく不定形な下半身。淡い紫と白のまだら模様に染まった体は、短い毛並みに覆われている。
大人になれば大型犬ほどの大きさになる生物だが、今ここにいる個体は圭宿の片腕の中にすっぽり収まるほどしかなかった。顔つきは幼く、まだ橙色の角すら生えきっていない。きょとんとした様子で、彼の腕の中に抱えられている。
「あたしが聞きたいのは、これの生きた幼獣なんてものがなぜここにいるのか、ってことなんです」
私用で出掛けた学芸員がつい標本を持ち帰るなんてことは、この博物館では良くあるものだ。
この天文学館で見るものといえば、岩石の欠片や宇宙を漂う魔法塵、既に死んだ生物の痕跡、新しいデータなどがほとんどである。しかし、生きたままの宇宙生物の子どもを持って帰る例など、彼がサブチーフを勤めるなかで、これまで一度も見たことがなかった。
ハッブルは、それがなあ、と白い毛並みの頭を掻いて話し始めた。
「つい昨日、休暇をとって星海域でヨットに乗ってたんじゃよ」
「……はあ」
「この海牛たちは大規模な群れで移動しながら暮らす性質があるんじゃが、どうやらこの子は渡りに乗り遅れたようでな。わしの宇宙船に突然飛び込んできたんじゃ。そのまま置いてきても良かったんじゃが、やはり可哀想でな……」
そうしてくるんと巻いた口髭をいじりながら、眉を下げて悩ましげに言ったかと思うと、彼はにわかに声を明るくした。
「そこで水流を調べてみたところ、その群れは半月後に来る星流嵐に乗って再び戻ってくるタイミングがあるようなんじゃ! じゃから、それに合わせて群れに返してやろうと思ったんじゃよ」
ハッブルは顎に手を当てて、うんうんと納得するように頷く。
「なるほど。それは分かりました。ですがあなたねえ、先程あたしに、この子の面倒を頼むとおっしゃいましたね?」
「うむ。連れて帰ったは良いんじゃが、丁度このあと二週間ほど、兼任している科学技術館の件で手一杯になるのを忘れていたんじゃ。科学技に海牛の赤ん坊を連れていくのは、そのー……ちょっと危ないじゃろ」
「まあ、そうかもしれませんねえ」
圭宿は他の館の様子に記憶を巡らせた。あの館がとりわけ危ないということはないが、機械いじりが好きな者がやたら多い空間だ。確かに小さな生き物の面倒を見るには向いていない。
「それでもなんであたしが――」
その時、ぐい、と顔の横に垂らした三つ編みが下に引っ張られる。彼は視線をそっと腕の中に向けた。
海牛はキュウキュウと小さく鳴いて、辺りをきょろきょろと見回している。前足の蹄が、彼が垂らした三つ編みの髪に引っ掛かって動けなくなっているようだ。細い足をそっと持ち上げて、外してやる。
海牛は悩ましげな圭宿の顔を見上げてもう一度、キュウ、と鳴いた。
目を伏せ、小さくため息を吐き出す。
「まあ、ここで幼子の面倒を見慣れているのはあたしくらいですか。……ハッブル君、後でこの子の食事やら何やらの情報をまとめて送ってくださいな。そしたら出来る限りのことはしましょう」
ハッブルはその言葉に細い目を輝かせて、その場でぴょんぴょんと跳ねながら礼をした。
「おお~っ! ありがとう、ありがとう! 圭宿どのならきっと上手くやってくれるに違いない! いや、この子は圭宿どのの知る哺乳類に比べれば手はかからないはずじゃ。すぐに資料をまとめておこう!」
ではな! と景気の良い挨拶を残し、ウサギはぴょんぴょんと跳ねながら場を後にした。静かになった研究室に残された圭宿は、腕の中の海牛と顔を見合わせる。
「全く、あたしが断わらないのを分かってたんでしょうねえ」
海牛はじっと黙って、黒く丸い目で顔を見上げる。圭宿は両腕でそっと抱き抱えなおし、ゆったりと体を揺らしはじめた。まるで人の赤ん坊をあやすような手つきだ。
頬を緩め、腕の中にそっと語り掛ける。
「そら、あなたも聞いてましたね? 二週間かそこらの辛抱ですよ。すぐに仲間に会えますからね」
「キュウ」
あたたかな口調に、海牛はひとつ返事をした。
海牛は手のかからない生き物だった。
とはいえそれは、ここにいるチーフのもとにいるやんちゃな子竜や、プラネタリウムにいる荒くれケートスと比較すれば、の話ではあったが。
この幼い海牛は腹を空かせた時以外はごく静かでじっとしている。ただ一つの問題は、驚くほどすぐに腹を空かせてしまうのである。
いったん腹が減ると、この生き物は黙ってあちこちを動き回り、口に入りそうなものを片っ端から口に入れ、舐めていく。おそらく幼獣の本能的なものなのだろう。
別の館に連れていけないというハッブルの言い分も今では良く理解できたし、この研究室が普段から散らかっていないことに、心の底から安心した。
彼はハッブルが用意した食事――宇宙海洋に生える苔や藻類の一種らしい――を一日に三、四度食べさせて、それ以外の時間は海牛が勝手に歩き回らないよう見張る、という仕事を余儀なくされた。
「圭宿さん……その、何か、手伝えることは、ある?」
小さな上司が柔らかな金髪をふわりと傾け、心配そうに声を掛けた。圭宿は研究室の机でとある暦の図を睨み付け、その正確性における違和感の正体を突き止めようとしていたところだった。
「おやステラ君。ありがとうございます。今は――」
大丈夫ですよ、と答えようとしたところで、椅子の横に重ねておいたストールにちらりと目をやる。さっきまでそこに眠っていたはずの海牛の姿はなく、ストールの中央には凹みだけが残されていた。
当の小さな本人は、目の前のステラの腕に抱き抱えられ、柔らかな素材でできたおもちゃを機嫌良さそうに噛んでいた。
状況を理解し、眉間を押さえて立ち上がる。
「ああ、すみません。あたしったら、この子が起きたのに気付かず。捕まえてくだすって、ありがとうございます」
礼をして、その子を受けとりますよ、という風に両手を伸ばす。ステラはほんの僅かに視線を泳がせた。ええと、と少し言葉に迷いつつ、いつものように控えめに口を開く。
「よければ、少しの間、この子を……見てましょうか。多分、大丈夫。このおもちゃも、アポロンが使ってたものなの」
ステラの斜め後ろに控えていた子竜のアポロンは得意気にフンと鼻を鳴らした。まるで、この新入りのちびすけに譲ってやったんだぞ、と自慢するかのように。
圭宿はステラの珍しい言動に少しの驚きを覚えたのち、ふむ、と顎に手を当てる。
(本来あたしへの頼まれ事ではありましたが、これは彼女の経験にもなるでしょう)
そう考えて、ゆったりと金の瞳を細めて頷いた。
「ありがとうございます。それじゃ、今からこの子の食事を手伝ってくれますか」
少女がぱちくりと瞬きをする。
「……その、お仕事は?」
ステラは心配そうに、彼の手元の資料に視線をやった。複雑な図形や計算がいくつも書かれた書類に、圭宿は肩をすくめる。
「ああ、これですか。この作業は急ぎではないんですが、面倒で煮詰まってまして。……恥ずかしながら、それで海牛が起きたのに気付かなかったんです。だからあたしも少し気晴らしがしたいところなんですよ」
その言葉にステラの顔がわずかにほころび、頷いた。
「分かりました」
乾燥した苔のようなものにほんの少しの水をかけると、すぐに繊維質にほどけて、緑色の細かい網のように広がった。海藻とは違う特有の匂いが辺りに漂う。圭宿はそれをスプーンでほぐしながら、少しずつ水を足して固さを調整する。
手伝いを頼まれたというのに任されることが何もないステラは、その手元を見つめ静かに様子を伺っていた。彼女に抱えられた海牛もまた、きょとんとした顔でおもちゃを噛んでいる。
圭宿は給湯室の隅に据えられた長椅子に腰を下ろすと、両腕を伸ばした。
「ステラ君、その子をこちらへくださいな」
少女は小さく頷き、海牛をそっと預ける。そして一瞬の迷いの後、その隣へちょこんと腰掛けた。
圭宿は手慣れた様子で海牛をうつ伏せになるように抱えなおし、顔の下の辺りに布巾を挟み込む。それから
「ハッブル君によれば、この姿勢が正しいんですって。この布巾は……これがないと、この子に服をびしょ濡れにされてしまいますから」
と、軽く笑いながら説明を挟んだ。
圭宿がスプーンを口元へ持っていくと、海牛は鼻を何度か動かした後、夢中でそれを舐めとり始めた。彼は細い目をさらに細め、その様子をじっくりと見つめる。海牛がぺちゃぺちゃと舐める音の合間に、次の一杯を掬うスプーンの固い音が響く以外は、静けさが保たれていた。
そのじっとした空気の中、ステラが口を開いた。
「……圭宿さん、宇宙海牛を見るのは、今回が初めてって」
「ええ、そうですよ。それがどうかしましたか?」
眉を上げる彼に、少女は小さな疑問の理由を言葉にする。
「なんだか、すごく……手慣れてるから」
「ああ。あたしにも子どもがいましたからね、そのおかげでしょう」
さらりと出たその言葉に、ステラは目をまん丸くした。圭宿は顔色一つ変えず、その驚きを受け止めた。
「……知らなかった」
「まあ、言う機会もそうそうありませんから。わざと黙っていたわけじゃありませんよ」
圭宿は海牛の口へスプーンを差し出しながら、静かな微笑みをもって給餌を続ける。海牛は出されたご馳走を味わおうと夢中になって、敷かれた布巾を好き放題に汚していた。
ほんの数秒間、沈黙が流れる。ステラは、良くないことを話題にしてしまったかと不安になり始めたが、それが言葉の輪郭をもち始める直前に、圭宿は口を開いた。
「あの子はあたしと違って、星にまるで興味のない子でしたねえ。むしろ、地面の虫や草に夢中だったんですよ。虫を捕まえるのを何度も手伝わされました。……大きくなっていれば、どんな子に育っていたのか」
彼の瞳は海牛をじっと見ていたが、それは人が懐かしい思い出を語るときの、どこか遠くを見据えるような視線でもあった。
微笑みながら語るその声は決して落ち込みきってはいなかったが、ステラは口をつぐんだ。いつもの青くきらめく視線を伏せて、暗く泳がせる。
それが彼女の利口さからくる沈黙であることを理解し、圭宿は柔らかく言葉を続けた。
「ステラ君は優しいですね。ええ、無理に何か言わなくて構いませんとも」
一匙を平らげた海牛の口元に新しい食事を運び、小さな口がまた忙しく動くのを見守る。
「時間が解決してくれるのを待つしかないんです。星は時には色んなものを連れていってしまいますが、塞ぎ込むばかりでは何にもなりませんから。ただ決して忘れないよう、こうして折に触れてあの子に教えてもらったことを思い出すわけです。――ほら、半分終わりましたよ。同じようにやってみなさいな」
ステラははっとして顔を上げる。
彼の手から海牛を受け取り、そっと抱き抱えなおした。食事の途中で興奮しているのか、さっき持ち上げた時と比べてよく動く。圭宿の抱え方を思い出して同じような体勢にしてやると、海牛はうまく腕の中におさまり、すんと落ち着いた。
圭宿は表情をふっと柔らかくして、餌を掬ったスプーンを手渡す。ステラはまた先ほど見たやり方を思い出して差し出すと、海牛はまるで誰からもらっても同じだと言わんばかりに食事に夢中になった。
よかった、とステラの表情の緊張がわずかに緩む。その横顔を見て、圭宿も微笑んだ。
「ええ、上手いものですよ」
足元で大人しく拗ねているアポロンの背を撫でてやりながら、圭宿は静かに見守る。
海牛の生えかけの角が、機嫌よさそうにぼんやりと光っていた。
ばたばたした足音とともに、ハッブルが圭宿の机へ現れた。珍しく作業用の眼鏡をかけたままで、小脇には書類の束を抱えている。
「圭宿どの、圭宿どの!」
「そんなに大声をあげなくとも聞こえていますよ。どうしたんです?」
作業中の筆を硯に置いて、圭宿は片眼鏡越しの視線を机の向こうに向ける。ハッブルは早口で、一言に言いきった。
「星流嵐が少し早まったようじゃ、その子を帰すのが三日ほど前倒しになる」
それを耳にした彼はいつもの通り落ち着いていたが、その両眉はわずかに上がった。当の本人である海牛は、彼の膝の上でストールに包まれてすやすや眠っている。
「まあ、星海の巡りにはそういうこともあるでしょう。三日早くなるというと、明日の午後には、といったところでしょうか」
「うむ。しかし、わしの船のスピードを考えるともっと早く……そうじゃな、朝のうちには出たいところじゃの」
ハッブルはくるんと巻いたひげをいじりながら言った。
「一旦この書類を置いてきたら、その子を引き取りにまた来るぞい。圭宿どのには本当に面倒をかけたからのう! 少しでも早くその子を引き取ってやろうと思うてな」
ウサギのその言葉に、圭宿はほんの少し黙り込む。
その時、髪がぐんと下に引っ張られた。それはここ一週間と少しの間にすっかり慣れた感覚だった。視線を下げると、案の定、起きた海牛の蹄が彼の三つ編みに引っ掛かっている。
圭宿はその細い脚をそっと持ち上げ、蹄に絡まった髪を解いた。それから、自分のほうを見上げるきょとんとした顔をじっと見つめる。
この小さな身体も、明日にはここの重力と別れを告げるのだ。
彼は金の目を伏せ、小さく首を横に振った。
「いえ、明日の朝まで面倒を見てもいいでしょうか。……ほら、あなたも出航準備があるでしょうから」
ハッブルは意外な返答に、いつもの細い目をまん丸くして二、三秒固まった。それからまたきゅっと笑顔になり、快く頷いて見せた。
いつものように研究書類の束を睨み、じっと黙って考え込む。計算は滞り、筆は進まない。圭宿はもう一時間ほど同じ調子だった。
その時、振り子時計が何度か鳴らした音に、彼はぱっと顔を上げて筆を置いた。
(そろそろあの子が腹を空かせる頃だ。食事の用意をーー)
そこまで考えて、はっとする。もう海牛の食事を用意する必要などないのだった。
圭宿は小さなため息を吐き、背もたれに寄りかかる。
(そうだ。もうあの子の世話のことを考える必要はないんでした)
あの子の世話のことを考える必要はない。
頭の中に浮かぶその言葉は、懐かしく重たい。何年も前、自身に繰り返し言い聞かせた言葉だ。あの頃の感覚は、今でも鮮明に思い起こすことができる。行き場のない寂しさに、呼吸が詰まるような感覚。そして、それを事実だと飲み込むことしか許されない空しさ。
(誰かが居なくなることは、いつだって慣れない……いや、慣れたくなどありませんね)
ふと、顔の横に下げた三つ編みに指をかけ、ほんの少しだけ引っ張ってみる。髪の毛を引っ張りたがる小さな掌と、絡まりがちな小さな蹄が脳裏によぎる。
彼はその懐かしい感覚にそっと目を閉じ、ぽつりと呟いた。
「ええ、忘れませんとも。おちびさん」
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