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No.675

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#知恵の劇場
書き途中のお話に入れるか迷って結局入れないことになった文章。
せっかくなので少し整えて置いておく。
ロクと出会った人間の話。

ある船乗りの見た景色

 ありゃ何だ!? 鳥……鳥だって? あんな大きさの鳥があるもんか! いや違う、見間違いじゃねえ!
――二時の方向から巨大な鳥だァ!
 マストの見張り台から聞こえた声。その瞬間ちょうど甲板の掃除をしていた俺は、直ぐにその方角に目をやった。雲を背に空に浮かぶそれは影になってよく見えなかったが、鳥だった。そして確かに、海鳥とは明らかに違う飛び方と輪郭をしている。俺は数秒後に気付くことになった。その鳥の近付いてくる速さと、異様なまでの大きさに。
 船長はあらんかぎりの声を張り上げて俺たち船員に指示を出し、俺たちもそれに応えた。しかし鳥の急接近は目にも止まらぬ速さで、船の進行方向を変えるのすら間に合わなかった。大砲も空をきる。
 太陽はにわかに巨大な翼に覆い隠されたかと思うと、次の瞬間には俺のすぐ真後ろに鱗の脚と鉤爪が迫っていた。
 雷かと思うほどの、大きく割れるように軋む音。一瞬で終わりを覚悟するほどに傾く船体。身の丈の何倍も高く上がる水しぶき。
 俺は本来ならすぐ振り落とされそうな場所にいたが、運良くロープを掴むのに間に合った。大きく揺れ動き続ける船体に必死でしがみつき、上を見上げる。
 巨大なワシのような鳥が、ばさばさと羽を振って船にしがみついている。高さ四十フィート、いやそれ以上あるだろうか? 俺の頭に、昔どこかで聞いた巨鳥の昔話がよぎったが、命の危機を前にして直ぐに搔き消えた。
 鳥の羽ばたきが起こした風で、俺の掴んでいたロープは千切れそうな音を立ててしなった。ロープを掴む俺の手も限界が近く、ぎりぎりと痛みが走る。
 数分か十数分のように感じたが、本当はたった数秒間のことだったかもしれない。どれほどの時間が経ったのかは分からなかったが、船の揺れは先程よりゆるやかになった。鳥は姿勢を落ち着けたようで、こちらの方を見ても攻撃してくる様子はない。首をかしげて、その青くぎょろぎょろした瞳で俺を見た。ずぶ濡れになった体でも冷や汗が出るのは分かる。奴がこのまま落ち着いて飛び立つのを待てば、あるいは助かるかもしれない。
 辺りを見回すと、まだ揺れている甲板には浅い波が立っていた。板のあちこちに小さいヒビや穴が開いて、その下へ海水が流れ込んでいる。この船の最重要とも言える積み荷は、おそらくずぶ濡れで無事ではないだろう。
 自分の命よりも、荷を確実に運ぶことが重要なのだ、というのは船長の口癖だった。
 俺ははっとした。船長は無事なのか? 乗組員のうち、どれだけの人がまだ船上にいるんだ――。
 そう思った瞬間。高くつんざく発砲音が、波の音を掻いくぐって鳴り響いた。
 鳥は慌て体を浮かせる。鉤爪が甲板を離れると同時に、揺れが止みかけた船体がまた大きく振れた。俺は血の滲む手でロープを再び握り締め、音のしたほうに目をやった。
 片手に銃を持った航海士が、絶望した顔で鳥を見ていた。そうだ、奴はいつも余計なことばかりする男だった。
 鳥は船側に捕まろうとしたのだろう。船は大きく傾き、やがて上下方向すらも見失った。海面が近付く。
 ああ、暗――。

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