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No.740
2025年12月22日(月)
〔27日前〕
作品感想
,
本・漫画
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すき!
#海底二万里
の感想。
読んだのが集英社版なので、文中で触れている箇所はすべてこれに準じています。
ジュール・ヴェルヌ著, 江口清訳. 集英社文庫『海底二万里』改訂新版 2009
初見感想(5562文字)
初見感想
読んでいる最中に時々メモしていた内容を整えたものなので、およそ時系列順。内容バレあり。
■序盤
主人公って学者、しかもパリ自然史博物館の人だったんだ。すごい。
コンセイユは「100点満点の忠実な部下」すぎて面白い。
学者である主人公の助手という、時には影が薄くなりがちな立ち位置なのに、忠実さが尖っていてめちゃめちゃキャラが立っている。
ネッドランドは銛打ちキャラとして学者二人としっかり違うポジションで良い!
主人公らと出自が異なり、血気盛んで感情的、銛の腕はプロ、生命力に溢れて力強い、野性的であると同時に誠実で倫理的……というキャラは白鯨のクィークェグを思い起こさせる。これは「高貴な野蛮人」概念的だし、当時の記号的な造形なのかもしれない?
しかしネッド特有の良さとしては、アロナックス・コンセイユ・ネモという知識を追い求めることに夢中になりがちな人たちの中で、唯一まともな感覚を思い出させてくれるところだ。
この作品良いキャラばかりなんだけど、彼が唯一読者に近い常識的感覚をキープしてくれるので安心感がある……。
■8章
ネモとアロナックス一行の初対面。
ネモ船長系のキャラとしていちばん最初に思い浮かぶのがナディアのネモなんだけど、原作の外見描写はそういった想像とまるっきり違ってびびる。
色白で細く、ひややかで細く黒い目、それでいて芯があるのがひと目で分かる人物。意外すぎる……。
そしてこの時点で既に好みに突き刺さる気配がしてきている。
■10章
ネモはあらゆる語学が堪能で、最初からアロナックスたちが何を喋っているか全部分かっていた。今は彼らに合わせてあえてフランス語で喋ってくれている
↑!!??!?!
知識と教養を持つ者の余裕……ってこと……!? 完全にここでメロってしまった……やば……。
「流暢できれいな言葉遣いだが、アロナックスたちからすればネイティブではないことが察せられる」というラインも、彼の能力の高さとともに、あくまで手段としての言語を選択しているという合理性を感じる。
それにこの訳文でのセリフの雰囲気も美しくて好きだ……。短くスマートな文節が多くどこか書き言葉っぽい雰囲気もあるのが、彼のフランス語ネイティブじゃなさを丁度良く表現しているんだろうなと思う。
彼が冷静沈着で高い知能を持つ人物で淡々と話している、そんな様子が伝わってくる……。
それから何より彼がアロナックスのことを先生と呼ぶのがやばい。
知識面においてもノーチラス号という場所の利においても完全に主人公一行の上にいるのに、学者としての敬意をこめて「先生」と呼ぶこの物腰。
(どうやら訳によっては「教授」と呼ぶっぽい。どちらにも良さがあるな……)
マウントをとったりせず相手の分野を尊重して、時にアロナックスの意見を伺う姿勢が理性的でとても素晴らしい。
そして意見を聞いた後に自分の知識をガツガツ話してくるのも最高。
物腰が柔らかだけどヤバさを秘めてる学者キャラって大好きなので、ネモに落ちないはずがなかったのだな……。
10章最後の、喋りすぎた反動ですっと黙り込むネモ、良い。
(そして最後まで読んでからここを見ると、これは彼の中で一瞬だけ理性の皮が緩みかけた瞬間だったのだなと思う……)
■11~13章
ノーチラス号の船内や仕組みの解説、めちゃめちゃ良い~~!!
これまでSFは殆ど読んだことがなかったんだけど、ファンタジー作品でもある生物種の生態とか世界の仕組みとか建物の構造とか、そういう「ここではそういうことになっています」という要素について詳細に説明されるのが大好きだから、そういう部分を高密度で浴びれるの最高だ。
文体が好きなのもあって、こういうの無限に読んでたいなと思う。
多少のツッコミどころはあれど、完全な正確さを求めて読んでるわけじゃないので読み流せる。むしろこれが当時の知見から導き出した最先端のロマンか……! というドキドキが余裕で上回る。
たびたび挟まるアロナックスの海洋生物の記録も、キャラ視点で海の中を覗いているようでわくわくする!
もっと魚類の解像度が高かったら面白いんだろうか? でも馴染みのない種名表記も多そうだから逆に混乱するのかもしれないとも思う。
■22章
アロナックスたちが陸上探索から帰ってきて、大変だ! 原住民に敵意を向けられている! と伝えられたときのネモ、オルガン弾いてて一瞬聞こえてないのかわいすぎる。
というかオルガン弾けたんですね……ふうん……金持ちの文化人じゃん……(喜)。
原住民の話を聞いてもなお一切取り乱さないのも流石すぎ。すばらしい。
■24章
大怪我した船員をアロナックスが診るくだり。
ネモ船長がこんなにも不安がり取り乱すシーンは初めてで、この異質な空間で船長をしている謎めいた冷静な彼であっても一人の人間なんだ……と胸がギュとなる。
アロナックスが「まさかこの男が泣くとは信じていなかった」と語るのに対し、わかる……しか言えなくなる。
ネモ船長が決して冷血漢ではなく、仲間の死を前に泣く人間らしさをもった人なんだという衝撃。
その船員の埋葬の様子はまさしく彼が作り上げた海の文化であるし、ネモがなおこの墓場を「人間の手の届かない場所である」として重要視しているのも思想の強さを感じさせる。
船員たちとネモの関係も未だに謎か多い……ここから明かされるのかどうか、それすら分からない。
――ここまで第1部――
――ここから第2部――
■5章
ジュゴンの描写が実際のジュゴンと違いすぎて面白い。
当時は生きているジュゴンを見る機会もそうそうなかっただろうから、絵に描かれた記録や骨格からの生態の推測とかで書いた結果なのかなあと思っている。
「マナティーと違って鋭い牙が2本ある」「鰭には指がある」という記述も、ジュゴンの骨格だけ見れば納得できなくもないので。
■12章
クジラの描写だ!!!! めちゃめちゃテンション上がる。
自分は鯨類大好きだし捕鯨史も大好きなのでこの章は大変興味深い。
特に当時のクジラに対する視点と、捕鯨という行為に対する「人間が巨大な生物を圧倒する、ワイルドな海の戦い」という印象の強さを感じることができてたいへん良い。
そして何よりクジラの種類に対する偏見がすごい。
ネモがヒゲクジラに対して
「無害で善良な、北方クジラや南方クジラを殺したりして、ランド親方、きみたちの仲間は、恥ずべき行為を犯している」(p.449)
と庇護する立場に立った直後に、同じ口でマッコウクジラに対して
「やつらは残酷な、有害な動物だから、みな殺しにしてやってもいいんです」(p.450)
とさらりと言うところ。
当時らしさ全開のド偏見で声出して笑った。
21世紀の今だからこそ、こんなんダブスタじゃん! マッコウ差別だ!(?) という気持ちになるが、1870年頃当時のクジラ感としてはそれほど違和感はなかったんだろうなと思う。
というのも
・当時マッコウクジラがアメリカ式捕鯨のいちばんの獲物であったこと
・単純に巨大なハクジラの見た目がヒゲクジラより凶暴に見えたであろうこと
・マッコウクジラは特に頭部の傷あとが目立つこと(→残酷で争いを好むという偏見が生じやすかった)
と考察できるから。
また、かつてジョーズ(原作1974・映画1975)がサメの悪印象を強めたように、メルヴィルの白鯨(1851)もまたマッコウクジラの悪印象を強めたのではなかろうか、とも思える。
それが良いか悪いかは一旦置いておいて、当時の価値観はこんな感じだったんだろうなあ……とどこか客観的に見れるのが、過去の作品から動物観を感じとることの面白いところだ。
あとこの章で、明確にネモからネッドへの口調がアロナックスへのそれと違うのが分かって驚いた。
アロナックスに対しては敬語だけど、ネッドに対しては少し荒っぽく上から目線というか。
ネモがアロナックスに大して敬語だったのって彼が学者であり教養を持つ者だったからなんだなって……。
まあ当時の価値観とネモの立ち位置を考えるとそれほど不自然でもないので別に嫌な驚きではないんだけど、ここまでの描写で、ネモは立場が下の人間に寄り添う人間なのかなと思っていたので単純に意外だった。
彼はあくまで圧政される側への寄り添いがあるのであって、決して無条件に弱者や肉体労働者を労る"善の人"ではないんだなあ。
あくまで船長たる自身のほうが立場が上で、銛打ちのネッドはその下である、というのを当然とする雰囲気が19世紀っぽいというか。
権威を嫌っているんだかそうじゃないんだか、平和主義なんだかそうじゃないんだか……ネモの人間臭さと複雑さがどんどん見えてくるすごい章。
■20~21章
20章の「北緯四七度二四分、西経一七度二八分」という異質な章タイトル。
そのヴァンジュール号のお参りからの不穏な流れが、21章ですごい勢いで展開されて唖然。
アロナックスたちが見てしまった、ネモ船長が復讐に燃える姿。
前章からの流れとしてあまりにも不穏かつ妥当で、いくらか想像はついていたのだがその荒ぶりが想像以上の迫力でぞわっぞわする。
敵艦に対し、一人称がおれ、船への二人称が貴様という口調で荒々しく叫ぶネモ船長。
彼はこの鬼神のような復讐者の一面をもちながらこれまであんなに穏やかな表層を保っていたのか!? 彼の精神力は超人のそれじゃないか!!??
そんでもってネモ船長妻子持ちだったの!!!!?????!!?!?!!?
そうか……それも含めての復讐なんだ……。
彼のどこか狂気じみた復讐の熱は一瞬だけ白鯨のエイハブを思い起こさせたのだが、決定的に違うのはそこだ。エイハブは白鯨と一対一だったが、ネモは彼の妻子や家族や故郷を背に、もっと大きなものと戦っている。
なんなんだこの人……なんなんだこの人……!?
彼が海に居るのは、ただ陸上の権力だとか支配とかいうものに嫌気が差しただけじゃなくて、明確な復讐であり他に行き場のない感情の表出なんだ。
陸上にいた時は妻子がいて平和な家庭があったただの技師……ってこと……つら……。
特にしんどいところ
>「ここで沈没させるわけにはいかない! 貴様の残骸を、ヴァンジュール号のといっしょにさせてたまるものか!」(p.574)
ネモにとって復讐の名を冠するヴァンジュール艦は、彼が愛する海中に存在する一つの精神的指針であり、復讐心を支えるものなのだろうなということがよく分かる台詞。
きっと彼にとってあの沈没船は聖地のようなものなんだろうと思う。
だからあの船に会いに行く時、海中から探すといった手段をとらず、わざわざ"北緯47度24分、西経17度28分"を探し当ててから真下へ沈んで会いに行ったんだろう。
章タイトルになっているように、彼にとってヴァンジュール号の座標はただの座標以上の意味があるんだ。
>(沈む船を海中から見ながら)彼は押し黙って、憎しみを込めた暗い顔つきで、左舷の窓ごしに眺めていた(p.579)
彼にとっての復讐が決して清々しいものではなく、憎しみと嫌悪に囚われた末の行動だということが分かる。
きっかけとなる悲劇がなければ、彼はきっと今でも陸地で暮らしていたはずなのだから……。
あの艦の国をずっと許せずに、ただ破壊の手段をとるしかできなかった悲しき人物だ。
■23章(読了)
読み終えた~!! すっっっごい好きな話だった!!!! 読んで良かったなあ。
アロナックスたちが無事に陸地に戻ることができて心から胸をなでおろした。
特に終盤で船内の環境に完全にまいっていたネッドランドが陸に戻れて、本当によかったね……の気持ち。
そしてノーチラス号の安否については明言されなかったけど、きっとネモならあのメールストロムの渦潮を乗り越えただろうと思う! だって南極の氷だって抜け出せたんだから!
ノーチラス号の安否が謎の状態で終わったのはたいへん好みだった。
そしてアロナックスの物語の締め方もとても良かった。
ネモが、彼が愛する海洋で生き延びていますように、海の探究を続けていますように、そしていつか復讐心から解き放たれてくれますようにという願いに共感しかない。
(復讐からの解放という願いは、きっと彼本人が最も望んでいないことか、本人が最も望んでいることのどちらかなのだろうけど……)
そしてアロナックスの「彼の運命は奇怪とはいえ、それはまた崇高である」という一文は、ネモを表すのに最もふさわしいと思う。
ネモが持つ
理性的な学者・技術者の面も、
怒り猛る復讐者の面も、
船長としての頼もしい静かな面も、
アロナックスの友人としての面も、
そして人間を愛し憎む一人の人間としての面も、
どれも捨てがたい、彼を構成する一要素だ。
すごいキャラクターだ。好きだ……。
冒険物語としても、アロナックス視点で見るネモの物語としても、素晴らしい話だった。
あと、この作品を今読んで良かったと思う!!
自分の中でとっ散らかった色んな知識が結びついて楽しく読めた、というところが少なからずあるので、人生の中でこの本を手を取るタイミングとしては最高だったかもしれない。
他の人がどういうところに着目して読むのかもたいへん気になる。
が、感想やレビューを探すのは「神秘の島」を読んでからにしようと思う。それでも彼には謎が残りそうな気がしているけどもね……。
名作だからキャラ萌えしている人が少ないのは仕方ないとしても、こんな有名作品でなんでこれまで誰もネモ船長という人物がこんな激重で複雑な人間性の復讐に燃えながらも知性と理性で制御してるメロすぎる男性(船長&技師&科学者&妻子持ち)だって教えてくれなかったの!!??!? という気持ち、ちょっとある。
150年経っても新鮮にかっこいい……。
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以下は考えたこととか考察とか。
※神秘の島を読み終えるまでネタバレを避けているので、既出かどうかや整合性とれてるかはまだちゃんと調べていない。
彼が「ネモ船長」を名乗ることについて
彼が「ネモ船長」を名乗ることについて
Captain Nemo = 何者でもない船長 という意味なわけだけど、
「故郷と家族を奪った相手を許さない」と復讐心に駆られた彼が名乗るようになったのがこの名前なのがしんどい。
自身のかつての名前を手放し、
故郷があった陸地を手放し、
人間社会における規範や立ち位置をすべて手放し、
ノーチラス号という自分の築いたルールの中で暮らすにあたって、人間性を保つものである彼の個の名前はもはや必要がなくなってしまったんだ。
陸で生きていた時は確かに一人の人間だったのに、今や大洋を自らの庭とし、その一方で復讐を果たそうとする"何物でもない"存在でしかない。
そんな中でかろうじて名乗るのならば船長という肩書だけである、という……。
それでいて複雑な人間性の檻に囚われているのもまたつらい。
人間の権威による支配を嫌っておきながら、その視点はどこまでいっても人間の権威でしかないという矛盾。
存在がNemoになっても肩書としてのCaptainを手放せないでいる。
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ネモの出身地について
ネモの出身地について
ネモはヴァンジュール号訪問後に現れたあの船に対して
>「呪われた国の船め!(中略)国旗がなくったって、おれにはおまえがわかるぞ!」(p.573)
>(アロナックスに対して)「あの船の国籍があなたに知られないのは、せめてものなぐさめです」(p.574)
っていう風に、やたらと国籍を意識している。
ここで第1章で説明されている、ノーチラス号に衝突されて穴をあけられた船のことを思い出して読み返してみる。おいおいスコティア号ってイギリス船じゃないか。
もしかしてネモが敵視しているのってイギリスなのか……?
仮にそうだとしたら
・ネモは"復讐"に燃えている→イギリスの植民地下の出身である可能性が大きい
・作中が1868年である
という点から彼の出身地をある程度絞り込めそうで……。
彼が権力や支配を毛嫌いするのもなんだか分かってしまうんだよなあ。
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ノーチラス号以前について
ノーチラス号以前について
ネモってノーチラス号の前にごく少人数用の小型潜水艦とか作ってそうだなと思った。
作中の序盤でノーチラス号について説明する時、これらの言及がある。
・そもそもネモはかつて技師をしていた
・ノーチラス号の部品は世界各地で製造を依頼した
・その資材を、ノーチラス号の製造基地となる無人島に運び入れた
・ノーチラス号は、ネモが教育した人々(現在の乗組員。おそらく権威に虐げられていた側の人々?)に組み立てさせた
・アロナックスの「あなたは金持ちですね?」という問いに「億万長者ですよ」と答えている。
そして2部8章で「海底に沈んだ金銀財宝を回収しているから自分は金持ちなのだ」と説明するくだりがある。
つまり
・製造基地の無人島に、複数人で出入りできる手段をもっていた
・ノーチラス号の製造前段階において海中の金銀財宝を既にいくらか集めていた?
ということ。
(後者に関しては元から金持ちだった可能性も捨てきれないが……)
それを考えると、彼は資材や少人数の人々を運べるくらいの小型潜水艦を持っていたのではないかと思う。
冷静に考えてみれば
・電気システムの検証や耐水圧の試験
・集めた仲間に、潜水艦制作の技術を教えるための試作
(👆この技術は修理の時にも必要になるだろうから絶対に学ばせる必要がある)
などの必要性的にも、ノーチラス号以外の潜水艦が存在しないわけがないだろうなと。
それにネモ自身が操縦を練習したり、仲間に潜水艦の操縦を学ばせるための機体も必要だったと思う。
それならば、ノーチラス号の運転は基本的に船員が行い、重要なところではネモが操舵席に立つ……というノーチラス号の運用にも納得がいくし、普段からネモが指示した航路を正確に・的確に走れることもしっくりくる。
きっとネモは教えるのもうまいんだろうな……。
それらを考えると、
最初期の潜水艦はネモが一人乗れるくらいで、耐水圧とか電気の利用とか発電の技術的実現性を探る
→それらの改良の中で巨大な金属パーツを少しづつ運べる規模になる
→無人島に資材を順次運び入れていき、仲間も集める
→教育と性能の試験を兼ねて試作品を作らせる
→いよいよノーチラス号の着手
くらいの工程が要りそうだよなーと思う。
まあ全部妄想なんですが……。
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それから何より彼がアロナックスのことを先生と呼ぶのがやばい。
知識面においてもノーチラス号という場所の利においても完全に主人公一行の上にいるのに、学者としての敬意をこめて「先生」と呼ぶこの物腰。
(どうやら訳によっては「教授」と呼ぶっぽい。どちらにも良さがあるな……)
マウントをとったりせず相手の分野を尊重して、時にアロナックスの意見を伺う姿勢が理性的でとても素晴らしい。
そして意見を聞いた後に自分の知識をガツガツ話してくるのも最高。
物腰が柔らかだけどヤバさを秘めてる学者キャラって大好きなので、ネモに落ちないはずがなかったのだな……。
10章最後の、喋りすぎた反動ですっと黙り込むネモ、良い。
(そして最後まで読んでからここを見ると、これは彼の中で一瞬だけ理性の皮が緩みかけた瞬間だったのだなと思う……)
■11~13章
ノーチラス号の船内や仕組みの解説、めちゃめちゃ良い~~!!
これまでSFは殆ど読んだことがなかったんだけど、ファンタジー作品でもある生物種の生態とか世界の仕組みとか建物の構造とか、そういう「ここではそういうことになっています」という要素について詳細に説明されるのが大好きだから、そういう部分を高密度で浴びれるの最高だ。
文体が好きなのもあって、こういうの無限に読んでたいなと思う。
多少のツッコミどころはあれど、完全な正確さを求めて読んでるわけじゃないので読み流せる。むしろこれが当時の知見から導き出した最先端のロマンか……! というドキドキが余裕で上回る。
たびたび挟まるアロナックスの海洋生物の記録も、キャラ視点で海の中を覗いているようでわくわくする!
もっと魚類の解像度が高かったら面白いんだろうか? でも馴染みのない種名表記も多そうだから逆に混乱するのかもしれないとも思う。
■22章
アロナックスたちが陸上探索から帰ってきて、大変だ! 原住民に敵意を向けられている! と伝えられたときのネモ、オルガン弾いてて一瞬聞こえてないのかわいすぎる。
というかオルガン弾けたんですね……ふうん……金持ちの文化人じゃん……(喜)。
原住民の話を聞いてもなお一切取り乱さないのも流石すぎ。すばらしい。
■24章
大怪我した船員をアロナックスが診るくだり。
ネモ船長がこんなにも不安がり取り乱すシーンは初めてで、この異質な空間で船長をしている謎めいた冷静な彼であっても一人の人間なんだ……と胸がギュとなる。
アロナックスが「まさかこの男が泣くとは信じていなかった」と語るのに対し、わかる……しか言えなくなる。
ネモ船長が決して冷血漢ではなく、仲間の死を前に泣く人間らしさをもった人なんだという衝撃。
その船員の埋葬の様子はまさしく彼が作り上げた海の文化であるし、ネモがなおこの墓場を「人間の手の届かない場所である」として重要視しているのも思想の強さを感じさせる。
船員たちとネモの関係も未だに謎か多い……ここから明かされるのかどうか、それすら分からない。
――ここまで第1部――
――ここから第2部――
■5章
ジュゴンの描写が実際のジュゴンと違いすぎて面白い。
当時は生きているジュゴンを見る機会もそうそうなかっただろうから、絵に描かれた記録や骨格からの生態の推測とかで書いた結果なのかなあと思っている。
「マナティーと違って鋭い牙が2本ある」「鰭には指がある」という記述も、ジュゴンの骨格だけ見れば納得できなくもないので。
■12章
クジラの描写だ!!!! めちゃめちゃテンション上がる。
自分は鯨類大好きだし捕鯨史も大好きなのでこの章は大変興味深い。
特に当時のクジラに対する視点と、捕鯨という行為に対する「人間が巨大な生物を圧倒する、ワイルドな海の戦い」という印象の強さを感じることができてたいへん良い。
そして何よりクジラの種類に対する偏見がすごい。
ネモがヒゲクジラに対して
「無害で善良な、北方クジラや南方クジラを殺したりして、ランド親方、きみたちの仲間は、恥ずべき行為を犯している」(p.449)
と庇護する立場に立った直後に、同じ口でマッコウクジラに対して
「やつらは残酷な、有害な動物だから、みな殺しにしてやってもいいんです」(p.450)
とさらりと言うところ。
当時らしさ全開のド偏見で声出して笑った。
21世紀の今だからこそ、こんなんダブスタじゃん! マッコウ差別だ!(?) という気持ちになるが、1870年頃当時のクジラ感としてはそれほど違和感はなかったんだろうなと思う。
というのも
・当時マッコウクジラがアメリカ式捕鯨のいちばんの獲物であったこと
・単純に巨大なハクジラの見た目がヒゲクジラより凶暴に見えたであろうこと
・マッコウクジラは特に頭部の傷あとが目立つこと(→残酷で争いを好むという偏見が生じやすかった)
と考察できるから。
また、かつてジョーズ(原作1974・映画1975)がサメの悪印象を強めたように、メルヴィルの白鯨(1851)もまたマッコウクジラの悪印象を強めたのではなかろうか、とも思える。
それが良いか悪いかは一旦置いておいて、当時の価値観はこんな感じだったんだろうなあ……とどこか客観的に見れるのが、過去の作品から動物観を感じとることの面白いところだ。
あとこの章で、明確にネモからネッドへの口調がアロナックスへのそれと違うのが分かって驚いた。
アロナックスに対しては敬語だけど、ネッドに対しては少し荒っぽく上から目線というか。
ネモがアロナックスに大して敬語だったのって彼が学者であり教養を持つ者だったからなんだなって……。
まあ当時の価値観とネモの立ち位置を考えるとそれほど不自然でもないので別に嫌な驚きではないんだけど、ここまでの描写で、ネモは立場が下の人間に寄り添う人間なのかなと思っていたので単純に意外だった。
彼はあくまで圧政される側への寄り添いがあるのであって、決して無条件に弱者や肉体労働者を労る"善の人"ではないんだなあ。
あくまで船長たる自身のほうが立場が上で、銛打ちのネッドはその下である、というのを当然とする雰囲気が19世紀っぽいというか。
権威を嫌っているんだかそうじゃないんだか、平和主義なんだかそうじゃないんだか……ネモの人間臭さと複雑さがどんどん見えてくるすごい章。
■20~21章
20章の「北緯四七度二四分、西経一七度二八分」という異質な章タイトル。
そのヴァンジュール号のお参りからの不穏な流れが、21章ですごい勢いで展開されて唖然。
アロナックスたちが見てしまった、ネモ船長が復讐に燃える姿。
前章からの流れとしてあまりにも不穏かつ妥当で、いくらか想像はついていたのだがその荒ぶりが想像以上の迫力でぞわっぞわする。
敵艦に対し、一人称がおれ、船への二人称が貴様という口調で荒々しく叫ぶネモ船長。
彼はこの鬼神のような復讐者の一面をもちながらこれまであんなに穏やかな表層を保っていたのか!? 彼の精神力は超人のそれじゃないか!!??
そんでもってネモ船長妻子持ちだったの!!!!?????!!?!?!!?
そうか……それも含めての復讐なんだ……。
彼のどこか狂気じみた復讐の熱は一瞬だけ白鯨のエイハブを思い起こさせたのだが、決定的に違うのはそこだ。エイハブは白鯨と一対一だったが、ネモは彼の妻子や家族や故郷を背に、もっと大きなものと戦っている。
なんなんだこの人……なんなんだこの人……!?
彼が海に居るのは、ただ陸上の権力だとか支配とかいうものに嫌気が差しただけじゃなくて、明確な復讐であり他に行き場のない感情の表出なんだ。
陸上にいた時は妻子がいて平和な家庭があったただの技師……ってこと……つら……。
特にしんどいところ
>「ここで沈没させるわけにはいかない! 貴様の残骸を、ヴァンジュール号のといっしょにさせてたまるものか!」(p.574)
ネモにとって復讐の名を冠するヴァンジュール艦は、彼が愛する海中に存在する一つの精神的指針であり、復讐心を支えるものなのだろうなということがよく分かる台詞。
きっと彼にとってあの沈没船は聖地のようなものなんだろうと思う。
だからあの船に会いに行く時、海中から探すといった手段をとらず、わざわざ"北緯47度24分、西経17度28分"を探し当ててから真下へ沈んで会いに行ったんだろう。
章タイトルになっているように、彼にとってヴァンジュール号の座標はただの座標以上の意味があるんだ。
>(沈む船を海中から見ながら)彼は押し黙って、憎しみを込めた暗い顔つきで、左舷の窓ごしに眺めていた(p.579)
彼にとっての復讐が決して清々しいものではなく、憎しみと嫌悪に囚われた末の行動だということが分かる。
きっかけとなる悲劇がなければ、彼はきっと今でも陸地で暮らしていたはずなのだから……。
あの艦の国をずっと許せずに、ただ破壊の手段をとるしかできなかった悲しき人物だ。
■23章(読了)
読み終えた~!! すっっっごい好きな話だった!!!! 読んで良かったなあ。
アロナックスたちが無事に陸地に戻ることができて心から胸をなでおろした。
特に終盤で船内の環境に完全にまいっていたネッドランドが陸に戻れて、本当によかったね……の気持ち。
そしてノーチラス号の安否については明言されなかったけど、きっとネモならあのメールストロムの渦潮を乗り越えただろうと思う! だって南極の氷だって抜け出せたんだから!
ノーチラス号の安否が謎の状態で終わったのはたいへん好みだった。
そしてアロナックスの物語の締め方もとても良かった。
ネモが、彼が愛する海洋で生き延びていますように、海の探究を続けていますように、そしていつか復讐心から解き放たれてくれますようにという願いに共感しかない。
(復讐からの解放という願いは、きっと彼本人が最も望んでいないことか、本人が最も望んでいることのどちらかなのだろうけど……)
そしてアロナックスの「彼の運命は奇怪とはいえ、それはまた崇高である」という一文は、ネモを表すのに最もふさわしいと思う。
ネモが持つ
理性的な学者・技術者の面も、
怒り猛る復讐者の面も、
船長としての頼もしい静かな面も、
アロナックスの友人としての面も、
そして人間を愛し憎む一人の人間としての面も、
どれも捨てがたい、彼を構成する一要素だ。
すごいキャラクターだ。好きだ……。
冒険物語としても、アロナックス視点で見るネモの物語としても、素晴らしい話だった。
あと、この作品を今読んで良かったと思う!!
自分の中でとっ散らかった色んな知識が結びついて楽しく読めた、というところが少なからずあるので、人生の中でこの本を手を取るタイミングとしては最高だったかもしれない。
他の人がどういうところに着目して読むのかもたいへん気になる。
が、感想やレビューを探すのは「神秘の島」を読んでからにしようと思う。それでも彼には謎が残りそうな気がしているけどもね……。
名作だからキャラ萌えしている人が少ないのは仕方ないとしても、こんな有名作品でなんでこれまで誰もネモ船長という人物がこんな激重で複雑な人間性の復讐に燃えながらも知性と理性で制御してるメロすぎる男性(船長&技師&科学者&妻子持ち)だって教えてくれなかったの!!??!? という気持ち、ちょっとある。
150年経っても新鮮にかっこいい……。
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以下は考えたこととか考察とか。
※神秘の島を読み終えるまでネタバレを避けているので、既出かどうかや整合性とれてるかはまだちゃんと調べていない。
彼が「ネモ船長」を名乗ることについて
Captain Nemo = 何者でもない船長 という意味なわけだけど、
「故郷と家族を奪った相手を許さない」と復讐心に駆られた彼が名乗るようになったのがこの名前なのがしんどい。
自身のかつての名前を手放し、
故郷があった陸地を手放し、
人間社会における規範や立ち位置をすべて手放し、
ノーチラス号という自分の築いたルールの中で暮らすにあたって、人間性を保つものである彼の個の名前はもはや必要がなくなってしまったんだ。
陸で生きていた時は確かに一人の人間だったのに、今や大洋を自らの庭とし、その一方で復讐を果たそうとする"何物でもない"存在でしかない。
そんな中でかろうじて名乗るのならば船長という肩書だけである、という……。
それでいて複雑な人間性の檻に囚われているのもまたつらい。
人間の権威による支配を嫌っておきながら、その視点はどこまでいっても人間の権威でしかないという矛盾。
存在がNemoになっても肩書としてのCaptainを手放せないでいる。
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ネモの出身地について
ネモはヴァンジュール号訪問後に現れたあの船に対して
>「呪われた国の船め!(中略)国旗がなくったって、おれにはおまえがわかるぞ!」(p.573)
>(アロナックスに対して)「あの船の国籍があなたに知られないのは、せめてものなぐさめです」(p.574)
っていう風に、やたらと国籍を意識している。
ここで第1章で説明されている、ノーチラス号に衝突されて穴をあけられた船のことを思い出して読み返してみる。おいおいスコティア号ってイギリス船じゃないか。
もしかしてネモが敵視しているのってイギリスなのか……?
仮にそうだとしたら
・ネモは"復讐"に燃えている→イギリスの植民地下の出身である可能性が大きい
・作中が1868年である
という点から彼の出身地をある程度絞り込めそうで……。
彼が権力や支配を毛嫌いするのもなんだか分かってしまうんだよなあ。
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ノーチラス号以前について
ネモってノーチラス号の前にごく少人数用の小型潜水艦とか作ってそうだなと思った。
作中の序盤でノーチラス号について説明する時、これらの言及がある。
・そもそもネモはかつて技師をしていた
・ノーチラス号の部品は世界各地で製造を依頼した
・その資材を、ノーチラス号の製造基地となる無人島に運び入れた
・ノーチラス号は、ネモが教育した人々(現在の乗組員。おそらく権威に虐げられていた側の人々?)に組み立てさせた
・アロナックスの「あなたは金持ちですね?」という問いに「億万長者ですよ」と答えている。
そして2部8章で「海底に沈んだ金銀財宝を回収しているから自分は金持ちなのだ」と説明するくだりがある。
つまり
・製造基地の無人島に、複数人で出入りできる手段をもっていた
・ノーチラス号の製造前段階において海中の金銀財宝を既にいくらか集めていた?
ということ。
(後者に関しては元から金持ちだった可能性も捨てきれないが……)
それを考えると、彼は資材や少人数の人々を運べるくらいの小型潜水艦を持っていたのではないかと思う。
冷静に考えてみれば
・電気システムの検証や耐水圧の試験
・集めた仲間に、潜水艦制作の技術を教えるための試作
(👆この技術は修理の時にも必要になるだろうから絶対に学ばせる必要がある)
などの必要性的にも、ノーチラス号以外の潜水艦が存在しないわけがないだろうなと。
それにネモ自身が操縦を練習したり、仲間に潜水艦の操縦を学ばせるための機体も必要だったと思う。
それならば、ノーチラス号の運転は基本的に船員が行い、重要なところではネモが操舵席に立つ……というノーチラス号の運用にも納得がいくし、普段からネモが指示した航路を正確に・的確に走れることもしっくりくる。
きっとネモは教えるのもうまいんだろうな……。
それらを考えると、
最初期の潜水艦はネモが一人乗れるくらいで、耐水圧とか電気の利用とか発電の技術的実現性を探る
→それらの改良の中で巨大な金属パーツを少しづつ運べる規模になる
→無人島に資材を順次運び入れていき、仲間も集める
→教育と性能の試験を兼ねて試作品を作らせる
→いよいよノーチラス号の着手
くらいの工程が要りそうだよなーと思う。
まあ全部妄想なんですが……。
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