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2026年2月14日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,映画

『海底二万マイル』を観た。1954年のディズニー版実写のやつ。
原作ありの映画としてなかなか良かった!

ディズニーシーの海底二万マイルのエリアを見てなんとなく知ってはいたけど、やはりビジュアル面の良さがぶっちぎっている……!(※ディズニーシーに行ったことはない)
※原作通過済み、「神秘の島」は読み途中の段階

原作側から見て忠実な作品かといわれれば微妙なのだが、当時のエンタメ作品としてはかなり原作の要素を拾って構成していてすごい、という印象。
主人公側3人の描写がいまいち好きになれなかったんだけど、ネモの思想の強さや船内の雰囲気や細部の造形はとても良かったし、一部のアニメ撮影的な表現も流石ディズニーだな~と思った!

序盤のフリゲート艦上の表現はあまりリアルって感じではなくて、合成感が強いし海風の感じもあまり感じられない。
なのでノーチラス号の描写のほうにリソースを割いたのかなって思ったんだけど、その通りだった!
原作の挿絵の雰囲気を出しつつ、あの"ノーチラス号といえば"な造形……ビス打ちされた茶色い鉄板やパイプがひしめく壁と、重厚でクラシックな家具、眩い電気の光、突き刺す気満々な外装、ぜ~んぶ格好いい!!
雰囲気が近いジャンルとしてはスチームパンクがあるけど、スチームじゃなくて電気だし、もうちょっとSF感と重厚さとクラシカルが混ざった絶妙なイメージがあるんだよなあ。あの感じ素敵だ。
扇形の二枚貝のようなオルガンのデザインもめちゃめちゃ良い!

ネモも良かった。
自分のイメージしてた原作ネモとは違うんだけど、この強い感情を秘めた目力の感じもまた良い。
よく喋るしよく感情をあらわにするけど、たぶんこの映画の展開の早さのせいもあるなという感じ。
葬式のシーンを序盤に持ってくるのも、彼の不可解さを表すのにとても良かった(昇降口開けてたのはうっかりさんすぎるが)。
復讐者としてのネモが感情を抑えられない描写も、映画だからオルガンの音による演出が際立っていて印象的……!
全体的に、海に魅せられた側面よりも、陸の人間を憎む描写が強めだった。生態系の話とか全然してなかったから仕方ないんだけど。

でもネモが軽率に上陸するのは解釈違いです。上陸するにしてもその感じは違うだろう!?
そして現在進行形で神秘の島読んでる途中(ネモ未登場)だから、ネモの独白のシーンに「これってネタバレ!? それともディズニー版特有の設定!? どっち!? どっちですかー!!??」って混乱しきりだった。早く続き読もう……。
もしあの独白が本当だとしたら、世界中がノーチラス号を怪物だと思っている中でイギリスだけはネモの正体に気付いていたってことになるのか……?
そしてディズニーシーの設定は、映画ネモではあるけど全くの別世界線という感じになるのかな。それはそれで気になるし行ってみたいなあ。

主人公側3人の仲があまり良くなかったのは見ててちょっと寂しかったな。
そもそもコンセイユが原作のイメージと乖離していて、登場時点から戸惑っていた。本当にこの人誰……!? あの先生に忠実で分類オタクの健気な若者コンセイユはどこへ!?
ネッドランドのほうは登場時点でひと目で分かったけど、熱意というより軽率さが目立つ。
アロナックス先生も楽観的で口が軽くてネモに影響されやすくて……この3人なら仲間割れするよなって感じで……原作がめちゃめちゃ仲良く見えてくる……。

原作との根本的な違いとしては、「ノーチラス号の動力源が電気である」ことを明言していないというのがある。
これは多分映画公開時点では電気が普及しすぎていたので、ネモの前人未踏の科学力を示すために「現在ではまだ追いつけない技術」というふんわりした表現になったんだろうな~と思っている。

島の先住民たちに襲われるくだりや巨大頭足類との戦いは、やっぱり映画との相性がいいなと思った。
序盤に、海の怪物(ノーチラス号)はずっと南太平洋にいると明言されてて「世界中回らないの?」って気になったけど、この設定のおかげで世界一周がなくとも違和感がない作りになっているんだなあと後から納得した。

そして撃たれた後のネモがノーチラス号と船員とともに海底で死のうとするところは、解釈としてまあ分かる。
ここまで来ている時点で船員たちはネモに命を預けているだろうし、ネモがいない中でノーチラス号を運用していくのか? 誰かが彼の復讐を継ぐのか? という問題もあるし。
ただ、このネモは結局自分の発明を残したいのか残したくないのかわからなかった。残したいならアロナックスたち逃がしてから沈むんじゃない!? なんで世界の未来に希望託しながら全部沈もうとしてたんだ。

一通り観てから映画ポスター見たら、何でそこにネッドがいるんだよって爆笑しちゃった。先生1mmも映ってないじゃん!!
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#海底二万里

2026年2月13日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,映画

『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』観た。
友人氏のおすすめにより、香港映画を初めて観る。
め~っちゃ良かった!
感想(※オモコロとリバースの話がある)
お、おもしれ~~~っ
画面もアクションもかっこいいしキャラも人間関係もすっごく魅力的。
冒頭を含めて度々「ウワッ痛そっ」となるシーンはあれど、後述する理由で自分は見れないほどではなかった。面白さが余裕で上回る!!

背景の町の雰囲気がとにかく良くて、世界観にめちゃめちゃ惹きこまれる!
ネオンがギラギラバチバチでいかにも香港って感じの街も、建物も人もギチギチでごちゃごちゃな九龍城砦も、どちらも異文化の魅力を感じる。

痛そうなシーンはそれなりにあるんだけど、アクションシーンのテンポが速いしサクサク戦闘が進むので「うおーっいけーっ」というテンションに紛れてしまう。
人間の動きやパワーが常人のそれではなくて、これアニメでやるアクションじゃない!? 実写でここまでの迫力で表現できるんだ!? とびっくり。
あとモブ含め人間の体が硬いのも面白い。人間が壁にぶつかると壊れるのは壁のほうというレベルなので、まあ大丈夫かという気持ちになってくる(大丈夫ではない)。

そして敵も味方も強い! 兄貴たちが強くてかっこいい!!
なかでも約一名が規格外に強くてウケた。
というのも事前に「オモコロの加藤さんみたいな人がいる」と聞いており、登場時点で(この人めちゃめちゃオモコロの加藤さんみたいだな……いや尚早か……? でもかなりそうだよな……)と思ってたらそうだったんだけど、この人がチートキャラみたいな性能でめちゃめちゃ面白い。強すぎるのって面白いんだ。
世界観も雰囲気もニエゴ様(この記事のキャラ)で、実際本当にただ者じゃなかったので違和感は消えた。ヒャハハ笑いもすっごく似合う。
あとロン兄貴の登場シーンも強い。何度反芻してもかっこよすぎる……。

痛そうなシーンより、子どもが関わるエピソードがしんどかった。
どうか子どもは健全な環境ですこやかに育て!!!!(泣)という気持ちになるけど、現在進行形でいろいろな難民問題があって、その渦中の子どももいるわけで……といろいろ考えてしまった。
凧はモチーフとして美しくて印象的だったなあ。

曲も良かった~!
途中で入る現地の曲、なんか耳馴染みあるなと思ったらリバースのお願いオフィサーに音の感じが似てるんだな~と気付く。記憶の思わぬ繋がり。
あの曲調の感じはノワールさんが香港出身だからか……! と納得した。

あとエンディングで思ったのが、人々の日常が映るのがすごく良いなということ。
物語の舞台は裏社会で戦いも派手で、テーマ的には我々にとっての非日常という感じだけど、同じ空間で暮らす人々の日常や生活もまたそこにある、という空気感を作中で勿体ぶらずに描いているのを感じる。
そのディテールがあるからこそ、主人公たちがこの場所に抱いているかけがえのない思いがより染みるんだなあと思った。
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2026年2月10日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,映画

インディ・ジョーンズシリーズ『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』観た。

ちょっと前に、インディ・ジョーンズの曲は飽きるほど聞いたことがあるのに本編一度も観たことないじゃん!? と気づいた。なんかおじさんが冒険するやつっぽいなーというレベルの解像度。
知人に概要を聞いたら、古代遺跡・考古学者・博物学と好きな要素揃い踏みだったのでこの機会に見ることに。

めちゃ人気な理由が分かると同時に、自分のツボの横を綺麗にすり抜けて行ったのでびっくりした。
正直、別に特別好きでも嫌いでもなかったなという所感。
要素は好きだったんだけど、映画として個人的に刺さるものはあまりなかったというか。
でも人気な理由はめちゃめちゃ分かる!
これ多分、他人とわちゃわちゃ話しながら見るほうが良い映画なんだな。

自分が人文学を通ってるからだろうけど、遺跡からアイテム見つけたぜヤッター! というテンションに乗りきることができなかった。
作中で「この考古学のための調査は強奪とは違う」的なことを説明してたシーンがあったけど、後半の流れ見たらおいおい言ってること違うじゃんか~!☝️ってなっちゃった。強奪です。
大衆向けの面白さに考古学というモチーフを使ったらまあこうなるわな~という展開だらけで、そればかり考えてしまった。

あと、この作品が考古学というものの世間の印象を良くも悪くも形作ったんだなあと思った。
それにしても石箱のフタ乱雑に投げ捨てたり、壁を壊すとか言ってるとこでは「嘘だろ!?」って声出ちゃったが。
なんというか、自分の好きな方向性の「遺跡のロマン」と違うものがお出しされたので消化不良。

いやもちろん作中当時と今の考え方が違うのはある!! 分かってる!!

微妙だった理由の大きな要因としては多分、制作1981年・作中舞台1936年という時代背景もあるんだよな。
普段は「この時代ならこういう描写になるか~面白いな~」みたいな視点を脇に置きながら見ているんだけど、いかんせん今回はどちらの年代も最近過ぎず昔過ぎずで、現代の感覚との地続き感が中途半端に感じられたのが良くない気がする。この時代にこれを面白がっていいのか? という。
価値観は昔の話なのに、エンタメとしての魅せ方が現代的だから、ポストコロニアル的な感覚との齟齬がノイズになった感じ。

ここまで書きながら自分に対して「ごちゃごちゃうるせぇ~! そういう視点でみる映画じゃないだろ!」と思っている。
個人の感想だから別にいいじゃんとは思うけど、人気作品をストレートに面白がれないのってちょっと悔しい……。
それはそうと物語としての面白さは分かるし、テンポも良いし、それを表現するための演出も良いし、インディもかっこいいんだよな。
キャラクターそれぞれの個性も良かった!

箇条書きの感想
・罠だらけの遺跡を進むのかっこいい。この既視感の正体、遊戯王の双六じいちゃんだ!
 追ってくる岩、下がる天井、床のトラップetc.も古典的な表現だなと思ったんだけど、もしかしてこれが原典か!?
・武器が鞭なのってかっこいい
・当時の世界史とキリスト教知識が要求されている……っ! 説明のくだり、かなり雰囲気で聞いていた。
・外国人の顔つきの見分けがつかなくて、ちょっと服装とかが変わると分からなくなりがち。インディ、眼鏡かけると雰囲気変わるなあ。
・フサオマキザルだ~カワイ~南米のサルだから主要人物のペットっぽいね~と思ってたら死んだので悲しい。アメデオみたいに冒険に着いてくる癒し枠だと思ったのに……。そして飼い主の眼帯男、最後までよく分からなかった。
・人死にと爆発が軽すぎる!! すごいテンポでモブが死ぬ!!
・例の曲はめちゃめちゃ良い。BGMに流れると、流石インディだぜ!って気持ちにさせてくれる。
・マリオン、最初は強い女造形かと思ったけどどちらかというと魔性のほうだ。一応(酒に)強い女でもある。
・べロックの口に虫入ったように見えるシーン(多分ギリギリ入ってない)気になりすぎてしばらく会話が頭に入ってこなかった。面白くて
・べロック、しょうもないライバルキャラとしてかなり良いキャラだったので死んだのめちゃめちゃびっくりした。インディに「俺はお前の影😉」みたいなこと言ってたし、てっきりシリーズ通してのライバル枠的存在かと思って観てた……違うのか……。

正直、遺跡とかオーパーツはモチーフとして本当に好きだから続編も観たいんだよな~~!!
作品によって雰囲気やテンションが違うこともままあるし、今回ので自分の視点の癖もわかったので、前提の姿勢を変えて観たい。
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2026年2月7日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,映画

『白鯨との闘い』観た。
DVDレンタルする機会があったんだけど、そういえばちゃんと見てないな……と思い出したので。
だいぶ前にテレビでやってた時に後半だけ見たので、概要※は知ってる状態。

※メルヴィルの『白鯨』ではなく、メルヴィルが白鯨を書くために聞いた話がメインだということ。
厳密には、史実のエセックス号を元にした『エセックス号の悲劇』(2000)が原作らしい。

白鯨の関連作品ではあるけど、それよりもやはりエセックス号の人々の物語としてドキドキしながら観た。
海の迫力(視覚的にも物語的にも)も、これでもかと描かれていて良かった。
全体として、白鯨やその自然的驚異・畏怖よりも、人間同士の話だなと思った。
捕鯨船というものに関わる人と、それぞれの立ち位置から譲れぬもの、それらがぶつかった結果起こった状況を、一頭の白鯨がめちゃめちゃに悪化させていく話。

エセックス号でのシーンだけじゃなく、船が沈んでからの描写にもだいぶウェイトを置いている。
厳しい環境でどうするかという選択が本当に容赦ない。
エセックス号が史実の話というのはなんとなく知っていたけど、島への居残りやくじ引きも実際にあったことだと知って面食らった……。

メルヴィルの描いた"白鯨"(鯨同士の区別のためにこう表記する)と違うと感じたポイントとして、この白鯨は単なる野生動物としては表現されていないように思える、というのがある。
個人的に"白鯨"は各地で鯨捕りの前に姿を現してはゆうゆうと生き続ける、余裕をもった上位存在的なイメージがある。
こちらの白鯨はより執念深い。執拗に追いかけてくる行動は人間……というか主人公たちに嘲笑の意図をもっているように感じられる。
人間の愚かさを嘲笑う、ほんとうの悪魔みたいだ。それが逆に人間的だなと思う。
ボートの襲い方も、追突もしくは尾のビンタなので、食べるという目的もなさそうだし。

あと見た目の話! この白鯨は白というより、白黒のまだらが全身に広がっている感じなのがめちゃめちゃかっこいい!
作中で「大理石のような」と言われていたけど、本当にこの表現が合う……。
白変種やアルビノではなく、長く生き続けた中で受けた、数多の傷跡って感じ。

勿論メルヴィルの『白鯨』とは色々と違って、これはこれで作品として好きだな~と思うところがいっぱいあるんだけど、エセックス号からチェイス航海士が白鯨に銛を打ち込もうとするくだりは『白鯨』みを感じて嬉しくなった。
白い悪魔のようなクジラを前にした銛打ちが「奴を狩らねば」という欲に冒されていてもたってもいられなくなるの、たいへんアイコニックな白鯨表現で良い……!!

キャラクターとして好きだったのはチェイス(一等航海士)とマシュー(二等航海士)。
マシュー、最初のほうからずっと良い人だった……。


ここからは箇条書きの感想
・服飾や背景の作り込みが見てて楽しい。これ系の港町の雰囲気めっちゃ好きだ。
・船はそんなに大きくないんだな(後から調べたら元のエセックス号も捕鯨船のなかでは小さめだった)
・経験が浅いトップ(船長)と中間管理職(航海士)のギスギス、嫌ですねえ……。船長の従弟の立ち位置もなんか不穏。
・嵐のシーンの迫力が凄い! カメラワークでドキドキする。人間の無力さや、海というフィールドにおける船のちっぽけさを感じさせられる。
・捕鯨の迫力も良い~! ボートのスピード感、クジラの力強さ、銛打ちの技術……!
・血の潮の表現は「煙突が燃えたぞ」だ。
・解体のシーン、しっかりディティール映すんだなあ。すごい。臭そう(リアリティがあるという意味)。
・ボートに移ってからの船長の変わりようよ。
・「船乗りは貴重なものを無駄にしない」の重みったらない。でもそれを決められるのがチェイスという男なんだ……。二カーソン(語り手)のトラウマ描写につらくなる。
・石油の話で〆るのいいな。捕鯨がいらなくなることへの示唆だ。
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2026年2月3日 この範囲を時系列順で読む

雑記やメモ

2025年分の園館訪問のログと写真をまとめ終えた!
終盤にかけて密度がやたら高かった……写真が多かった……。

てがろぐに投稿日時の修正機能が追加されたので、園館訪問ログの投稿だけは訪問日当日になるようにしました。
ここ一年くらい特に溜めがちだったので、いつどの館に行ったのか、文中に書くだけだと混乱しちゃって……。
(他の投稿で使う予定は一切ありません! なぜなら自分が混乱するので!)

そして、これまでのストックが解消されたかと思いきや、1月末に大阪に行った際に5館巡ったので、既に5記事溜まっている。なんてこったい。
でも全部最高の施設だったので文章自体はさくさく書けそう。

2026年1月26日 この範囲を時系列順で読む

文字

#銀嶺の獣
アルとゼルデデの出会いの話
 ひどい吹雪だった。
 雪はまるで波のように、絶えずごうごうと辺り一帯に打ち付ける。木の幹は雷のような音を立ててしなり、風は耳元で渦巻いた。吹雪は容赦なく、その冷たさを身体の芯まで染み渡らせようとしてくる。耳や指の先が痛み、感覚が鈍くなっていくのを感じていた。
 銀の毛並みに白い雪が張りつき、周囲の景色に溶けてゆく。
 一匹のオオカミは針葉樹の大木の根本に体を伏せたまま、その体の上に冷たい雪が積み重なるのをじっと動かずに耐えていた。いっそ穴でも掘って雪の中に身を隠した方が、この厳しい風を凌げるであろうことは分かっていた。しかし、もう自力で穴を掘るだけの体力も残っていなかったのだ。
 やがて、雪と毛皮の見分けがつかなくなりそうになってきたその時、耳がわずかに動く。
(……遠くで雪崩が起きたか)
 まぶたをほんの少し持ち上げてみる。目に入る景色は相変わらず、斜めに吹き荒れる雪で真っ白だった。
 オオカミは再び目を閉じ、鼻の先を雪の中にうずめた。
(ここもいつ吞まれるか分からない。だけど、動いても動かなくても同じことだ。体は冷えたし、お腹も空いたし……さっきから眠くて仕方がない。もうオレは――)
 その先の言葉を考えると、既に冷え切った背筋がさらに凍り付きそうに震えあがった。
(いや、まだだ。まだオレは死にたくない! こんな場所で、ひとりっきりで凍え死んでたまるものか!)
 自分自身を鼓舞するように、彼は頭の中でそう繰り返した。しかし、それでも状況が好転するわけではない。雪は銀の毛皮の上に白い層を重ねていき、全身の温度を奪っていく。穴を掘るどころか、立ち上がる気力すら湧かなかった。
 その時、周囲の唸るようなざわめきに混じって、木の枝の軽く擦れる音がした。
 タイミングも大きさも、風が揺らすものとは全く違う。その音は確かに、何者かの気配を伴うものだった。
 オオカミははっと意識を取り戻し、目を見開いた。毛深いまぶたから落ちた雪が、あっという間に風に飛ばされる。
 彼の目の前には巨大な、それは巨大な縦長い影がひとつ、ぬっと立ちはだかっていた。
 咄嗟に立ち上がり威嚇の姿勢になった――つもりだったが、痩せた細い脚は自分の体を持ち上げるのがせいぜいだった。身体はがくがくと震えるばかりで、何の警戒心も示せない。その謎の怪物を睨みつけ、唸り声をあげるのがせいぜいだった。
 雪が視界を邪魔して、相手の顔は一切見えない。ぼんやりとしたシルエットが、薄暗い中に浮かぶばかりだ。
(熊か……? いや、角がある。でも、トナカイだとしても大きすぎるぞ)
 焦るなか、思考は上手くまとまらなかった。目の前のその生き物は、これまでに見たことのある大型の生き物のどれとも違っていたのだ。しかし、自身の身に危険が迫っていることは明確だった。野生の本能が、自らにそう告げていたのだ。
 牙をむき出して必死に唸っていると、その影は口を開いた。
 風の音の合間にどっしりと低く響く、静かな声だった。
「オオカミか……まだ若いな。群れからはぐれたのか」
「!」
 彼は息をのんだ。一匹のオオカミの身に、その言葉は鋭く突き刺さる。
(違う、はぐれたんじゃない、俺から離れたんだ!)
 オオカミはそう叫ぶように、歯茎をむき出して、より激しく唸った。しかし、巨大な相手は怯むどころか、一切の動く様子すら見せなかった。
 びゅう、と鋭い音を立てて風向きが変わる。一瞬の向かい風に巨大な怪物の匂いが乗って、オオカミの鼻まで届いた。つんとするほど冷たい空気に混じったわずかな匂いを、彼の鼻は正確に嗅ぎとった。
(なんだこれ、変な匂いだ。鹿でもあるし、熊でも、オオカミでもある……それから、焼けた木みたいな。他にも色々混ざってる。こんなの、どこでも嗅いだことない)
 オオカミがそうして考える数秒の間に、怪物はゆっくりと踵を返していた。
「……ふん、可哀想にな」
 そう吐き捨てて、それは億劫そうにのそのそと元来たほうへ歩き出す。強風の中を何でもないように進んで、その影は段々と吹雪の中にのまれゆく。白い地面に残された、トナカイに似た幅の広い蹄の足跡も、あっという間に風にかき消され始めた。
(あいつ、俺を食う気じゃないのか)
 オオカミはどこか呆然としながら、遠ざかるその後ろ姿を見つめていた。
 自分を襲うどころか、哀れむ言葉すらかけていった謎の生き物。あれが一体何者なのか、それはオオカミにはてんで分からなかったが、ただひとつ明らかなことがあった。
(……このままここにいても、凍え死ぬか飢え死ぬか、どちらかだ。もしあいつが俺を食うような奴じゃないなら、あいつについていけば、あるいは――)
 オオカミは肺にひとつ冷たい空気を入れると、バウッとひと声あげた。
 それでも怪物は立ち止まる様子がない。彼は全身のわずかな力を振り絞り、巨大な相手に飛びかかった。
 ちょうど尻尾のように垂れ下がった部分に噛みついたその瞬間、オオカミは強い違和感を覚えた。中身がないのだ。そこには生き物としての温度も、骨や肉の質感もなかった。
「……変なオオカミだな。鼻が利かないのか? これはお前の仲間の毛皮だぞ」
 巨大な怪物はそう言ってオオカミの首根っこを掴み、顔の前まで持ち上げた。
(たっ、高い!)
 脚が宙に浮き、瞬間的に地面が遠ざかる。辺りの低木よりずっと高い位置まで一瞬で持ち上げられたのだ。その恐怖に、オオカミは反射的に脚をすくめて体を丸くした。
 あまりの恐ろしさに、抵抗する勇気もなかった。それに、こんな高さから投げ落とされたりでもしたら、ただでは済まないだろう。怪物の意図は分からなかったが、無事に下ろしてもらうのが先決だ。
「キャン……キューン……」
 下ろしてくださいと言わんばかりに、耳を伏せ、上目遣いでその顔を見る。
 よく見れば、その毛むくじゃらの怪物の顔には毛がなく、上半分は黒っぽくて硬いものに覆われていた。目がどこかすらよく分からない。少なくとも、オオカミやトナカイのような長い顔ではなく、それどころか熊よりも平たい奇妙な顔であることは分かった。
 それはまた数秒の間黙っていたが、やがて口をわずかに開いて、ゆっくり息を吐いた。
「……吹雪が止むまでだぞ」
 オオカミの視界が明るかったのは、そこまでだった。一瞬のうちに、オオカミは狭くて暗い場所に押し込められた。怪物は彼を、自分の毛皮の中に入れた(・・・・・・・・)のだ。
 すぐにわずかな縦揺れが始まり、怪物が歩き始めたのが分かった。
 狭い隙間に乱雑に詰め込まれたオオカミは、何が起きたのか分からずに、手足をばたつかせて滅茶苦茶に声をあげた。暗闇の中、あの奇妙な匂いが鼻いっぱいにつく。
 怪物は低くぴしゃりと言い放った。
「黙れ。捨て置いてもいいんだぞ」
 その言葉に、オオカミはひとつ小さく鳴いて、暴れるのをやめた。
 動くのをやめると、体はすぐに疲労を思い出したようだった。足先の冷えがじわじわとほどけ、波のような眠気が襲いかかってくる。狭い暗闇は暖かく、一定のリズムで揺れる。外の吹雪の音はにぶく聞こえ、もはや別世界のもののようだった。
 こんなところで、寝てはいけない。
 そう思う間もなく、彼はゆらゆらと意識を落としていった。

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2026年1月19日 この範囲を時系列順で読む

,日記

そういえばお誕生日でした!!
3年前からやってる、チョコミントスイーツ×ネペタちゃんの絵を描くのを今年もやりました。#りーまーず

去年まではモチーフぎゅっと詰め込むような構図だったんだけど、今回は気分を変えたかったので空気感を意識した感じの絵です。

かわいいキャラがものを食べてるとこを描くのが好きだ……。
そして食べるのに夢中になってちょっぴりお行儀悪くなっちゃって照れちゃうのも好きだ……。
つまるところ好きなものを詰め込んだ絵です。
誕生日当日にはチョコミントアイスとドーナツを食べました🍫🌿🍩

2026年1月4日 この範囲を時系列順で読む

日記

新年明けてました!
今年もよろしくお願いします。

喪中なので年賀絵はないのですが、去年一昨年も干支のイラスト描いたので、
せっかくだから今年も馬のなにかしらの絵は描きたいなと思っています🐴
SNSでは色んな馬タウルの絵が見れてたいへん眼福です。
タウルってやっぱり好きだな……。

去年の後半また体調ガタガタだったのですが、原因これじゃないか……!? というところに薄々気付いてきたので、今年こそは健康にいきたい!!

2025年12月22日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,本・漫画

#海底二万里 の感想。
読んだのが集英社版なので、文中で触れている箇所はすべてこれに準じています。
ジュール・ヴェルヌ著, 江口清訳. 集英社文庫『海底二万里』改訂新版 2009
初見感想
読んでいる最中に時々メモしていた内容を整えたものなので、およそ時系列順。内容バレあり。

■序盤
主人公って学者、しかもパリ自然史博物館の人だったんだ。すごい。
コンセイユは「100点満点の忠実な部下」すぎて面白い。
学者である主人公の助手という、時には影が薄くなりがちな立ち位置なのに、忠実さが尖っていてめちゃめちゃキャラが立っている。

ネッドランドは銛打ちキャラとして学者二人としっかり違うポジションで良い!
主人公らと出自が異なり、血気盛んで感情的、銛の腕はプロ、生命力に溢れて力強い、野性的であると同時に誠実で倫理的……というキャラは白鯨のクィークェグを思い起こさせる。これは「高貴な野蛮人」概念的だし、当時の記号的な造形なのかもしれない?
しかしネッド特有の良さとしては、アロナックス・コンセイユ・ネモという知識を追い求めることに夢中になりがちな人たちの中で、唯一まともな感覚を思い出させてくれるところだ。
この作品良いキャラばかりなんだけど、彼が唯一読者に近い常識的感覚をキープしてくれるので安心感がある……。

■8章
ネモとアロナックス一行の初対面。
ネモ船長系のキャラとしていちばん最初に思い浮かぶのがナディアのネモなんだけど、原作の外見描写はそういった想像とまるっきり違ってびびる。
色白で細く、ひややかで細く黒い目、それでいて芯があるのがひと目で分かる人物。意外すぎる……。
そしてこの時点で既に好みに突き刺さる気配がしてきている。

■10章
ネモはあらゆる語学が堪能で、最初からアロナックスたちが何を喋っているか全部分かっていた。今は彼らに合わせてあえてフランス語で喋ってくれている
↑!!??!?!
知識と教養を持つ者の余裕……ってこと……!? 完全にここでメロってしまった……やば……。
「流暢できれいな言葉遣いだが、アロナックスたちからすればネイティブではないことが察せられる」というラインも、彼の能力の高さとともに、あくまで手段としての言語を選択しているという合理性を感じる。
それにこの訳文でのセリフの雰囲気も美しくて好きだ……。短くスマートな文節が多くどこか書き言葉っぽい雰囲気もあるのが、彼のフランス語ネイティブじゃなさを丁度良く表現しているんだろうなと思う。
彼が冷静沈着で高い知能を持つ人物で淡々と話している、そんな様子が伝わってくる……。

それから何より彼がアロナックスのことを先生と呼ぶのがやばい。
知識面においてもノーチラス号という場所の利においても完全に主人公一行の上にいるのに、学者としての敬意をこめて「先生」と呼ぶこの物腰。
(どうやら訳によっては「教授」と呼ぶっぽい。どちらにも良さがあるな……)
マウントをとったりせず相手の分野を尊重して、時にアロナックスの意見を伺う姿勢が理性的でとても素晴らしい。
そして意見を聞いた後に自分の知識をガツガツ話してくるのも最高。
物腰が柔らかだけどヤバさを秘めてる学者キャラって大好きなので、ネモに落ちないはずがなかったのだな……。

10章最後の、喋りすぎた反動ですっと黙り込むネモ、良い。
(そして最後まで読んでからここを見ると、これは彼の中で一瞬だけ理性の皮が緩みかけた瞬間だったのだなと思う……)

■11~13章
ノーチラス号の船内や仕組みの解説、めちゃめちゃ良い~~!!
これまでSFは殆ど読んだことがなかったんだけど、ファンタジー作品でもある生物種の生態とか世界の仕組みとか建物の構造とか、そういう「ここではそういうことになっています」という要素について詳細に説明されるのが大好きだから、そういう部分を高密度で浴びれるの最高だ。
文体が好きなのもあって、こういうの無限に読んでたいなと思う。
多少のツッコミどころはあれど、完全な正確さを求めて読んでるわけじゃないので読み流せる。むしろこれが当時の知見から導き出した最先端のロマンか……! というドキドキが余裕で上回る。

たびたび挟まるアロナックスの海洋生物の記録も、キャラ視点で海の中を覗いているようでわくわくする!
もっと魚類の解像度が高かったら面白いんだろうか? でも馴染みのない種名表記も多そうだから逆に混乱するのかもしれないとも思う。

■22章
アロナックスたちが陸上探索から帰ってきて、大変だ! 原住民に敵意を向けられている! と伝えられたときのネモ、オルガン弾いてて一瞬聞こえてないのかわいすぎる。
というかオルガン弾けたんですね……ふうん……金持ちの文化人じゃん……(喜)。
原住民の話を聞いてもなお一切取り乱さないのも流石すぎ。すばらしい。

■24章
大怪我した船員をアロナックスが診るくだり。
ネモ船長がこんなにも不安がり取り乱すシーンは初めてで、この異質な空間で船長をしている謎めいた冷静な彼であっても一人の人間なんだ……と胸がギュとなる。
アロナックスが「まさかこの男が泣くとは信じていなかった」と語るのに対し、わかる……しか言えなくなる。
ネモ船長が決して冷血漢ではなく、仲間の死を前に泣く人間らしさをもった人なんだという衝撃。

その船員の埋葬の様子はまさしく彼が作り上げた海の文化であるし、ネモがなおこの墓場を「人間の手の届かない場所である」として重要視しているのも思想の強さを感じさせる。
船員たちとネモの関係も未だに謎か多い……ここから明かされるのかどうか、それすら分からない。

――ここまで第1部――
――ここから第2部――
■5章
ジュゴンの描写が実際のジュゴンと違いすぎて面白い。
当時は生きているジュゴンを見る機会もそうそうなかっただろうから、絵に描かれた記録や骨格からの生態の推測とかで書いた結果なのかなあと思っている。
「マナティーと違って鋭い牙が2本ある」「鰭には指がある」という記述も、ジュゴンの骨格だけ見れば納得できなくもないので。

■12章
クジラの描写だ!!!! めちゃめちゃテンション上がる。
自分は鯨類大好きだし捕鯨史も大好きなのでこの章は大変興味深い。
特に当時のクジラに対する視点と、捕鯨という行為に対する「人間が巨大な生物を圧倒する、ワイルドな海の戦い」という印象の強さを感じることができてたいへん良い。

そして何よりクジラの種類に対する偏見がすごい。
ネモがヒゲクジラに対して
「無害で善良な、北方クジラや南方クジラを殺したりして、ランド親方、きみたちの仲間は、恥ずべき行為を犯している」(p.449)
と庇護する立場に立った直後に、同じ口でマッコウクジラに対して
「やつらは残酷な、有害な動物だから、みな殺しにしてやってもいいんです」(p.450)
とさらりと言うところ。
当時らしさ全開のド偏見で声出して笑った。

21世紀の今だからこそ、こんなんダブスタじゃん! マッコウ差別だ!(?) という気持ちになるが、1870年頃当時のクジラ観としてはそれほど違和感はなかったんだろうなと思う。
というのも
・当時マッコウクジラがアメリカ式捕鯨のいちばんの獲物であったこと
・単純に巨大なハクジラの見た目がヒゲクジラより凶暴に見えたであろうこと
・マッコウクジラは特に頭部の傷あとが目立つこと(→残酷で争いを好むという偏見が生じやすかった)
と考察できるから。

また、かつてジョーズ(原作1974・映画1975)がサメの悪印象を強めたように、メルヴィルの白鯨(1851)もまたマッコウクジラの悪印象を強めたのではなかろうか、とも思える。
それが良いか悪いかは一旦置いておいて、当時の価値観はこんな感じだったんだろうなあ……とどこか客観的に見れるのが、過去の作品から動物観を感じとることの面白いところだ。

あとこの章で、明確にネモからネッドへの口調がアロナックスへのそれと違うのが分かって驚いた。
アロナックスに対しては敬語だけど、ネッドに対しては少し荒っぽく上から目線というか。
ネモがアロナックスに大して敬語だったのって彼が学者であり教養を持つ者だったからなんだなって……。
まあ当時の価値観とネモの立ち位置を考えるとそれほど不自然でもないので別に嫌な驚きではないんだけど、ここまでの描写で、ネモは立場が下の人間に寄り添う人間なのかなと思っていたので単純に意外だった。
彼はあくまで圧政される側への寄り添いがあるのであって、決して無条件に弱者や肉体労働者を労る"善の人"ではないんだなあ。
あくまで船長たる自身のほうが立場が上で、銛打ちのネッドはその下である、というのを当然とする雰囲気が19世紀っぽいというか。

権威を嫌っているんだかそうじゃないんだか、平和主義なんだかそうじゃないんだか……ネモの人間臭さと複雑さがどんどん見えてくるすごい章。

■20~21章
20章の「北緯四七度二四分、西経一七度二八分」という異質な章タイトル。
そのヴァンジュール号のお参りからの不穏な流れが、21章ですごい勢いで展開されて唖然。

アロナックスたちが見てしまった、ネモ船長が復讐に燃える姿。
前章からの流れとしてあまりにも不穏かつ妥当で、いくらか想像はついていたのだがその荒ぶりが想像以上の迫力でぞわっぞわする。
敵艦に対し、一人称がおれ、船への二人称が貴様という口調で荒々しく叫ぶネモ船長。
彼はこの鬼神のような復讐者の一面をもちながらこれまであんなに穏やかな表層を保っていたのか!? 彼の精神力は超人のそれじゃないか!!??

そんでもってネモ船長妻子持ちだったの!!!!?????!!?!?!!?
そうか……それも含めての復讐なんだ……。
彼のどこか狂気じみた復讐の熱は一瞬だけ白鯨のエイハブを思い起こさせたのだが、決定的に違うのはそこだ。エイハブは白鯨と一対一だったが、ネモは彼の妻子や家族や故郷を背に、もっと大きなものと戦っている。
なんなんだこの人……なんなんだこの人……!?

彼が海に居るのは、ただ陸上の権力だとか支配とかいうものに嫌気が差しただけじゃなくて、明確な復讐であり他に行き場のない感情の表出なんだ。
陸上にいた時は妻子がいて平和な家庭があったただの技師……ってこと……つら……。

特にしんどいところ
>「ここで沈没させるわけにはいかない! 貴様の残骸を、ヴァンジュール号のといっしょにさせてたまるものか!」(p.574)
ネモにとって復讐の名を冠するヴァンジュール艦は、彼が愛する海中に存在する一つの精神的指針であり、復讐心を支えるものなのだろうなということがよく分かる台詞。
きっと彼にとってあの沈没船は聖地のようなものなんだろうと思う。
だからあの船に会いに行く時、海中から探すといった手段をとらず、わざわざ"北緯47度24分、西経17度28分"を探し当ててから真下へ沈んで会いに行ったんだろう。
章タイトルになっているように、彼にとってヴァンジュール号の座標はただの座標以上の意味があるんだ。

>(沈む船を海中から見ながら)彼は押し黙って、憎しみを込めた暗い顔つきで、左舷の窓ごしに眺めていた(p.579)
彼にとっての復讐が決して清々しいものではなく、憎しみと嫌悪に囚われた末の行動だということが分かる。
きっかけとなる悲劇がなければ、彼はきっと今でも陸地で暮らしていたはずなのだから……。
あの艦の国をずっと許せずに、ただ破壊の手段をとるしかできなかった悲しき人物だ。

■23章(読了)
読み終えた~!! すっっっごい好きな話だった!!!! 読んで良かったなあ。

アロナックスたちが無事に陸地に戻ることができて心から胸をなでおろした。
特に終盤で船内の環境に完全にまいっていたネッドランドが陸に戻れて、本当によかったね……の気持ち。
そしてノーチラス号の安否については明言されなかったけど、きっとネモならあのメールストロムの渦潮を乗り越えただろうと思う! だって南極の氷だって抜け出せたんだから!
ノーチラス号の安否が謎の状態で終わったのはたいへん好みだった。

そしてアロナックスの物語の締め方もとても良かった。
ネモが、彼が愛する海洋で生き延びていますように、海の探究を続けていますように、そしていつか復讐心から解き放たれてくれますようにという願いに共感しかない。
(復讐からの解放という願いは、きっと彼本人が最も望んでいないことか、本人が最も望んでいることのどちらかなのだろうけど……)

そしてアロナックスの「彼の運命は奇怪とはいえ、それはまた崇高である」という一文は、ネモを表すのに最もふさわしいと思う。
ネモが持つ
理性的な学者・技術者の面も、
怒り猛る復讐者の面も、
船長としての頼もしい静かな面も、
アロナックスの友人としての面も、
そして人間を愛し憎む一人の人間としての面も、
どれも捨てがたい、彼を構成する一要素だ。
すごいキャラクターだ。好きだ……。

冒険物語としても、アロナックス視点で見るネモの物語としても、素晴らしい話だった。

あと、この作品を今読んで良かったと思う!!
自分の中でとっ散らかった色んな知識が結びついて楽しく読めた、というところが少なからずあるので、人生の中でこの本を手を取るタイミングとしては最高だったかもしれない。
他の人がどういうところに着目して読むのかもたいへん気になる。
が、感想やレビューを探すのは「神秘の島」を読んでからにしようと思う。それでも彼には謎が残りそうな気がしているけどもね……。

名作だからキャラ萌えしている人が少ないのは仕方ないとしても、こんな有名作品でなんでこれまで誰もネモ船長という人物がこんな激重で複雑な人間性の復讐に燃えながらも知性と理性で制御してるメロすぎる男性(船長&技師&科学者&妻子持ち)だって教えてくれなかったの!!??!? という気持ち、ちょっとある。
150年経っても新鮮にかっこいい……。
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以下は考えたこととか考察とか。
※神秘の島を読み終えるまでネタバレを避けているので、既出かどうかや整合性とれてるかはまだちゃんと調べていない。
彼が「ネモ船長」を名乗ることについて
Captain Nemo = 何者でもない船長 という意味なわけだけど、
「故郷と家族を奪った相手を許さない」と復讐心に駆られた彼が名乗るようになったのがこの名前なのがしんどい。

自身のかつての名前を手放し、
故郷があった陸地を手放し、
人間社会における規範や立ち位置をすべて手放し、
ノーチラス号という自分の築いたルールの中で暮らすにあたって、人間性を保つものである彼の個の名前はもはや必要がなくなってしまったんだ。

陸で生きていた時は確かに一人の人間だったのに、今や大洋を自らの庭とし、その一方で復讐を果たそうとする"何物でもない"存在でしかない。
そんな中でかろうじて名乗るのならば船長という肩書だけである、という……。

それでいて複雑な人間性の檻に囚われているのもまたつらい。
人間の権威による支配を嫌っておきながら、その視点はどこまでいっても人間の権威でしかないという矛盾。
存在がNemoになっても肩書としてのCaptainを手放せないでいる。
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ネモの出身地について
ネモはヴァンジュール号訪問後に現れたあの船に対して
>「呪われた国の船め!(中略)国旗がなくったって、おれにはおまえがわかるぞ!」(p.573)
>(アロナックスに対して)「あの船の国籍があなたに知られないのは、せめてものなぐさめです」(p.574)
っていう風に、やたらと国籍を意識している。

ここで第1章で説明されている、ノーチラス号に衝突されて穴をあけられた船のことを思い出して読み返してみる。おいおいスコティア号ってイギリス船じゃないか。
もしかしてネモが敵視しているのってイギリスなのか……?

仮にそうだとしたら
・ネモは"復讐"に燃えている→イギリスの植民地下の出身である可能性が大きい
・作中が1868年である
という点から彼の出身地をある程度絞り込めそうで……。
彼が権力や支配を毛嫌いするのもなんだか分かってしまうんだよなあ。
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ノーチラス号以前について
ネモってノーチラス号の前にごく少人数用の小型潜水艦とか作ってそうだなと思った。

作中の序盤でノーチラス号について説明する時、これらの言及がある。
・そもそもネモはかつて技師をしていた
・ノーチラス号の部品は世界各地で製造を依頼した
・その資材を、ノーチラス号の製造基地となる無人島に運び入れた
・ノーチラス号は、ネモが教育した人々(現在の乗組員。おそらく権威に虐げられていた側の人々?)に組み立てさせた
・アロナックスの「あなたは金持ちですね?」という問いに「億万長者ですよ」と答えている。

そして2部8章で「海底に沈んだ金銀財宝を回収しているから自分は金持ちなのだ」と説明するくだりがある。

つまり
・製造基地の無人島に、複数人で出入りできる手段をもっていた
・ノーチラス号の製造前段階において海中の金銀財宝を既にいくらか集めていた?
ということ。
(後者に関しては元から金持ちだった可能性も捨てきれないが……)

それを考えると、彼は資材や少人数の人々を運べるくらいの小型潜水艦を持っていたのではないかと思う。

冷静に考えてみれば
・電気システムの検証や耐水圧の試験
・集めた仲間に、潜水艦制作の技術を教えるための試作
(👆この技術は修理の時にも必要になるだろうから絶対に学ばせる必要がある)
などの必要性的にも、ノーチラス号以外の潜水艦が存在しないわけがないだろうなと。

それにネモ自身が操縦を練習したり、仲間に潜水艦の操縦を学ばせるための機体も必要だったと思う。
それならば、ノーチラス号の運転は基本的に船員が行い、重要なところではネモが操舵席に立つ……というノーチラス号の運用にも納得がいくし、普段からネモが指示した航路を正確に・的確に走れることもしっくりくる。
きっとネモは教えるのもうまいんだろうな……。

それらを考えると、
最初期の潜水艦はネモが一人乗れるくらいで、耐水圧とか電気の利用とか発電の技術的実現性を探る
→それらの改良の中で巨大な金属パーツを少しづつ運べる規模になる
→無人島に資材を順次運び入れていき、仲間も集める
→教育と性能の試験を兼ねて試作品を作らせる
→いよいよノーチラス号の着手
くらいの工程が要りそうだよなーと思う。

まあ全部妄想なんですが……。
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2025年12月17日 この範囲を時系列順で読む

作品感想,本・漫画

#海底二万里 読み終えた!!
19世紀の海洋冒険譚としても、SFとしても、ノーチラス号の物語としても、とても良かった~~!!
読みながらずっとわくわくしていたし、読後感もたいへん良い。
作中たびたび挟まる生きものの解説も、アロナックスと一緒に海洋を旅しているようで楽しかった。
分からない地名を逐一調べながら読んでいたのと、内容が面白すぎて一文一文じっくり読んでいたので、1カ月半くらいかかっている。
こんなにテンションぶち上がった小説との出会い久しぶりだ~。

個人的にどうしても避けられない感想としてネモ船長のヤバさがある。完全にもっていかれた。名前の知名度に反してあまりよく知らなかったんだけど、とんでもないキャラだ。色んな要素があまりにも好きだ。そしてしんどい。完全にオタクの語彙になってしまう。
こんなに有名な作品なのに、何でこんな過去激重で複雑な、異様なまでの理性と狂気を同時に携えた男のことを誰も教えてくれなかったんですか!!??
答えはオタクが感情移入しすぎているからです。はい……(着席)
複雑な人間性を秘めた名もなき船長……白鯨のエイハブと似ているようで決定的に違うのもぶっ刺さりポイントだった。

個人的に読みながらネモ船長に情緒やられたポイントや、時代背景や生物学史的に「おっ」となったポイントは色々メモしてたので、後でここに上げておきたい。
既に長くなりそうな予感しかしてない。
ちなみに読んだのはこの版でした。
集英社文庫 ジュール・ヴェルヌ・コレクション 海底二万里(改訂新版)
どうやら同じ版でも、謎の水色おじさんの表紙と、黒背景にノーチラス号が描かれてるのの2パターンがあるっぽい。

翻訳はほどよく硬くて、決して読みづらくはないが古めの翻訳感が楽しめる。
個人的にちょうど好きな塩梅の文体でとても嬉しい。
目次部分に地図はあるけど、挿絵はない。

次は神秘の島を読みたいんだけど、そちらはあまり翻訳の種類が多くなさそうなので偕成社文庫あたりかなあ。
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