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No.672

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セミの思い出話。
 今年もまた、セミが鳴きだした。
 一足はやく起きたらしいニイニイゼミの繊細な音に、アブラゼミの力強い声が重なる。
 セミの存在を感じると、私の頭の中には小学生の頃のひとつの夏が思い起こされる。あの頃の夏休み、両親は私たち兄弟を、四国の山にあるキャンプ場に連れて行ってくれた。キャンプ地といっても、テントを建てるのではなく、小さなコテージに泊まるのだけれど。
 すぐそばの小さな崖を下りたところには泳ぐのにちょうど良い沢があったし、もう少し遠くへ行けば、大きなカブトムシやクワガタのとれる林もあった。それで私たちは、昼には涼しい沢で泳いだり魚を見たりして、夕方にはバナナで作った虫用の罠を仕掛け、そして次の日には朝早く起きて昆虫採集に行く、というのが決まりのようになっていた。
 ある日の夕方、コテージの中でぼんやりとしていたところ、外から父親の声がした。聞けばセミの幼虫だと言う。それで私ははね起きて外へ飛び出していった。
 子どもというのはセミの抜け殻を集めるものだから、その形はみなよく知っているだろう。大きくて丸いビーズみたいな目に、つやつやつるんとした形の胴体。それを支える小さな脚の一番前に並んだものには、たくましくて立派な爪がついている。そんなセミの抜け殻と同じ形をしてはいたが、そこにいたのは全くの別物であった。
 抜け殻よりも濃い茶褐色に輝く体、そしてそこについたくろぐろとした目は、抜け殻なんかと全く違った存在感を放っていた。今ここに生きている、と強く主張しているように。
 そこで私ははっとした。夏に嬉々として集めていたあの茶色いカサカサの物体は、かつて紛れもなく命が入っていた跡であったのだ。頭で分かったつもりになっていることと、命を目の前にして感じることは違うということも、そこで私に刻み込まれた。そのくらいに、目の前を小さく歩くセミは私に強く衝撃を与えたのだ。
 父は、せっかくだから羽化を観察しよう、と言った。
 具体的にどういう方法をとったのかは、正直あまり覚えていない。確か割り箸をコップに固定したのだったか、と思う。とにかく、セミは少し薄暗いところに置かれて、彼なりに納得のいく位置を見つけてしばらくの間じっとしていたのだ。
 私はその脇であわただしく、鉛筆とノートを準備した。こんな良い機会なのだから、記録しなければと思ったのだ。
 気もそぞろに夕飯を食べて、またセミに向かう。この頃は生物スケッチの知識なんてなかったが、できるだけ同じように描こう、と考えていた。大きな目、ぴんとした触角、足の節、体の節。かわいさとかっこよさを兼ね備えている、なんて素晴らしい生き物だろう、とうっとりした。
 やがて、セミの背中に亀裂がはいった。亀裂は少しづつ横に広がって、少し薄い色の中身が見えてくる。
 私はそれを隣のページに描き起こした。セミの姿とノートのそれぞれに絶えず視線をやりながら、気付いたことや考えたこともすべてメモしていく。
 セミは白くてくしゃくしゃの身体を茶色い殻から引き出しながら、ゆっくり、ゆっくりとのけぞっていく。気持ちよさそうにぐっと弧を描いた体は、青っぽい三日月みたいだ。しばらくそのままになっていたかと思うと、満足したように体を持ち上げた。元の体から、同じような節のついた新しい体を引き抜いて、羽を乾かすようにまたじっとする。はじめはまるで絞ったタオルみたいだった羽は、見知った形にひろがってゆくのだった。
 自分でも驚くような速さでセミの絵を描き、またセミに目をやる。姿に変化があるたびその部分を新しく描いていたから、セミの絵はもう何ページにもわたっていた。
 私はまだ青白いセミを眺めた。よく知るセミと全く同じ形だが、その姿はかがやいて見えた。それは色のためだけではない。すべてのセミの一生に、この魔法のような不思議な変化があることを、彼が教えてくれたからである。
 小学生にしては遅い時間の就寝の後、朝になるとセミはもうどこかへ行ってしまっていた。コテージの外、耳にわあわあとひびくセミの音の中のどこかに、あの個体の声が混じっているのかもしれない。
 セミは、地上に出てから羽化して成虫になるまでにその多くが命を落としてしまう、というのは後に知った話だった。つまり、辺りでいっぱいに生きているすべてのセミは、幸運の体現者なのである。
 私たちの観察のために無事に羽化できたセミは、もし何かが違えば、例えばアリなんかの命を救っていたのかもしれない。だが確かに私はあの一匹から大切なものを教わったのだ。何が正しいのかは分からないけれど、今でも私はあのセミに大きな感謝の念を持っている。
 今年もまた、セミが鳴きだした。

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